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兼松孝行の日々つれづれ
by 兼松孝行
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■応急危険度判定士講習
大地震が起きた時に、家屋の被害状況を調査し、危険度を判定するお仕事の講習を受けた。
オイラのように、建築士資格を持たない行政職員は、市町村災害対策本部で、応急危険度判定士のコーディネーターとなる役割だ。
本当はこんな仕事を実際にやることにはなってほしくはないのだが、もしもの時に被害を拡大させないためには大事な仕事になる。
講習会の前半戦は、こうした具体的な判定士の仕事についての説明だった。
そして後半戦は、地震についての講義だ。
建築界の重鎮による講義だったが、その内容は実に胸に突き刺さるものだった。
昔から大地震が起こると社会が変わる。
直近の話で言えば、関東大震災が起こり、国が抱えた借金が国家予算ではどうにもならなくなり、アジアに攻め入った一つの引き金となった。
同時に、東南海地震で多くの軍需工場が操業不能となり、太平洋戦争終結の引き金のひとつとなった。
この30年先までには必ずくるであろう東海大震災や首都圏直下地震での被害は、国家予算を遥かに超える規模と言われている。
超高齢化社会を迎えたとき、国家が維持出来なくなるくらいの地震に見舞われると、取り返しのつかない状況に追いやられる。
この講義で訴えかけられたのは、一つには地震が起きた時に建物が一つも壊れないように、耐震補強をしっかりとすること。
阪神淡路大震災のように、密集市街地で一棟でも倒れて失火が起こるとたちまち焼け野原が出来てしまう。
人的にも経済的にも損失が非常に大きくなる。
更には、重要な建築物の建替えが必要であると訴えかけられた。
例えば東京には様々な官公庁や大企業の高層ビルが建っているが、その多くは交通の便のいいところに建っている。
JRの駅名からして分かることは、田んぼだったり谷だったり、あるいは水に関する駅名も多く存在する。
これら場所は基本的に昔は湿地帯だった場所であり、埋めたてられて出来た地盤だ。
そうした場所では、同じ地震の波が来ても揺れ方が大きく違う。
関東大震災で甚大な被害が出た場所は、そうした場所であった。
早急に、重要な建築物の場所を移設する必要があると講師は訴えるのだ。
そして名古屋もご多分に漏れずなのだ。
名古屋が昔から形成していた城下町以外の部分は、ほとんどが湿地帯であり、もしもの時の揺れも大きくなる。
でも、これから一度に地盤の弱い場所の建物を移動させることは不可能に近い。
まずは、せめてもの対策ということで、家具の固定や建物の耐震補強で被害を少しでも減らして行く必要があると。
そして、講師である建築界の重鎮は重ねてこんな話をした。
建築家である我々が、地番のことをちゃんと理解せずして、街を巨大化させてしまった責任がある。
それは、薬害エイズの話と同じように責任を問われる話だ。
そして、現段階では大地震対策は建築家だけで手に負える問題ではなくなってしまった。
この先、未来の世代に今の繁栄を残して行くためには、たくさんの人たちと手を組んで、大地震対策をしていかなくてはならないと。
非常に身につまされる重要な話が聞けたと思う。
まずは、自分自身の家から地震対策をしっかりやって行かなきゃならないなと、心底感じたのだった。
09月09日(水)
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