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マシンガン★リーク
by 六実
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■月に吠える
今日旅立ったすべての皆さんへ。
ご卒業おめでとうございます。
以下、今回は(今回は?)、私の為のテキストです。
前段はコレの星組マンション物語です。
[月に吠える]
そういえば、あの日の二日前は満月だったのに、紫は月にむかって遠吠えをしなかったな、それから二度目の満月を見ながら思った。
空に近いこのマンションの一室に差し込む強すぎる光が、ベランダのカーテンの影を色濃く落としていた。せっかくだから、と半分だけしめられていたカーテンを開こうとしたら。
「開かないで!」
あすかが叫んだ。あすかはじぃっとその影を見つめたまま。
「……お願い」
そうしてその場にしゃがみこんでしまったあすかを俺はそっと抱きしめる。感情を昂ぶらせることがいい時期では決して無いのだから、ただあやすように抱きしめた。
あすかの言いたいことはすぐにわかった。
そこは、いつも紫がいた場所だった。
黒猫かと思っていた紫はやがて、見事な黒豹となった。そのしなやかな漆黒の肢体は美しく、その影はいつもこのカーテンの影にうずくまっていた。その漆黒の肢体がまるで影に溶けたかのように見えて、紫、と声をかけるとその影がゆらりと動いて、その影からのそりと黒い獣が姿を現す。そしてベランダを開けてやると、手すりに身を躍らせ、満月にむかって長い長い遠吠えをする。それはどこか寂しそうなのに、どこか懐かしい感じがするのだった、不思議と。まんまるな月がお前の野生を目覚めさせるのか、その問いに対する答えは最初から得られないのだと、それを得られないのは決して紫がいなくなったからではないのだと、俺はそんな風にこの空白を埋めていた。
けれどもあすかは言うのだ。カーテンをあけないで、お願い。そこに紫がいないのがわかってしまうのがいやなの、今でも紫はいるような気がしているのに、そこにいないと知りたくないの。
事実を受け止められないのではなく、事実を受け止めた上で、逃れるあすかの気持ちはいたいほどにわかるから、俺は何も言わずに、ベランダに出て一人で満月を眺めた。夜空には星影すら消し去るほどの、つよいつよい月の光が満ち溢れていた。そのまま煙草をくゆらせる、紫は何故かこの煙が好きだったな、と思い出しながら。
「お月見ですか?」
声のする方を確かめて、ベランダから少し身を乗り出して、お隣さんのベランダを覗く。そこには柚希夫妻がいた。
「そちらこそ」
缶ビールとつまみを並べて、夫婦揃って月見酒。
「満月の夜はここで飲むと決めているんですよ」
「まあウチは月見じゃなくても飲むんですけれど」
柚希夫人がまぜっかえす。そう確かにこのお隣さんはウワバミ夫婦で、一度付き合わされてエライ目にあったことがあるのだ。
それはさておき、柚希氏の差し出す缶ビールをベランダ越しに受け取り、ベランダ越しに乾杯をした。そして二人でなんとは無しに月を見上げた。
「……実際には、見ていたのは月じゃなくて、紫でしたよ」
そう、柚希氏が思い出したように呟いた。
あの黒くてしなやかな野生に魅せられぬ者などなくて。
満月の夜に寂しげに切なげに懐かしげに鳴くその音色に魅せられぬ者などなくて。
しなやかな野生よ、おまへはそらにむかってはかけあがってしまったのか。
柚希氏がずっ、と鼻をすする。それにつられて俺も鼻の奥がつん、と痛む。
夫人がいつものおっとりとした口調で言った。
「紫、あたりめが好きで、ちょっと鼻先に出してあげるとウチのベランダにも来ていたのよ?」
夫人がゆびさきであたりめを、夫の鼻先に差し出した。
「残念、もうすこしでウチの子になると思っていたのに」
そう言っておどける柚希夫人のまんまるな笑顔が、湿っぽくなった男二人を慰めてくれていた。
それからまた何度目かの満月の夜。
風呂からあがると、あすかは窓辺のカーテンの影の縁に立ち尽くしていた。あすかの顔は陰になっていて良く見えない。
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02月11日(月)
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