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マシンガン★リーク
by 六実
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■雪あかりのまぶしさに誰も足跡をつけていない雪原に顔をうずめた。
「アホ、茶屋の店主が自分の店の酒をのむんや、なーんでうちがはらわなあかんの?」
そういって、こんどはけらけら笑い出した。よっぱらいを相手にしてもしかたない、と店主は半ばヤケになって
「ほな、ごしょうばんさせていただきます」
新しい酒をつけてきて、手酌で飲もうとしたら
「なんやのん、やぼやねぇ」
おりょうはぐい、っと店主に近寄り、酌をした。その近さと、酔ってしどけなく崩れたおりょうの髪に少しだけどきりとしたが。店主はおおきにといい、ぐいっと飲み干した。
「それじゃ、あたしも」
さしつさされつ、奇妙に暖かい空気が流れたのに店主はうろたえた。毎日のようにやってきては飲んだくれてゆく、維新の英雄の妻。そりゃ最初は同情もしたが、こうずっと続けば単なる迷惑な客にすぎなくて、それでもどこか憎めないのは、「日本一陽気な男」の妻はやっぱり「日本一陽気な妻」なのだろうか……迷惑だかなわんわと思いつつも、結局むげに断れない自分自身に店主は気付いていた。
「あんさんは……しあわせものやなぁ」
しばらくして、店主がつぶやいた。
「しあわせ?どこがしあわせなん?愛しい夫に先立たれ残された妻のどこがしあわせなん?」
おりょうがくってかかる。それをまあまあとなだめてから
「いやあ、おりょうはんは今かて本気で竜馬はんに『阿呆』と怒りなさる、本気で竜馬はんに話かけてはる」
「あほやもの、日本一のあほやもの!」
「そんだけ、おりょうはんは竜馬はんの事を忘れてへん、て事でっしゃろ?」
「あたりまえやないの」
「あてにもな、よめはんがいたんですわ」
「どこに?」
「きついどすなぁ。まあご覧の通り今は男やもめで……逃げられたんですわ、子供つれて愛想つかされて」
「逃げられた?」
「まあ、甲斐性なしの亭主だったので、しかたないことやとも思うとるんですが。今は子供と一緒に大阪のおっきなお店の後家さんにおさまってあんじょうやっとるようですわ」
繋がらない話におりょうがいらいらし始めた。店主はまあまあと酒を注ぎ、続けた。
「で、この間そのよめはんに街中でばったり会いましてな。まあ、当然顔が合えば気付きますわな、向こうも気付いたんどす。で、やっぱり短かったとはいえ、めおととして過ごしたふたりでっしゃろ?あてもなんかこう、せつない気持ちになって、なつかしさに声をかけようとしたんですわ。そしたら、あちらはにこりと会釈を返しただけで、そのまま行ってしまいまして……」
店主はそこで自分の杯にも注いだ。
「その会釈が、まんま知りまへん人への会釈やったんどす。街中でちょっとすれ違っただけの人とかわすあたりさわりのない会釈。無理してそうしてるわけかてなく、自然とそういう会釈だったんですわ……キツかったですわな、あっちにしてみりゃ、あてはもう過去の人間どころか、知らないひとなんですわ。もうきれいさーっぱりあてのことなんか忘れて、どうでもよくなっているから、できる会釈なんですわ。あいつがあてに向かって微笑んだとき、ついうれしゅうなってしもうてな、あれ、あてのことまだまんざらでもおへんのか?と思うたんですが、すぐに、そういうことじゃないって気がつきましたわ。あては未練はあらへんのどすが、やっぱりあれと過ごした日々っていうのは多少なりとも、思い出ですわ、なのにあっちはそれもさーっぱり捨ててしもうたんやなぁと。あれの中であてはもういなくなっとるんですわな」
「で?」
「そうそう、それでですな、あて思うんですわ。あんさんがこうやって竜馬はんにあほう言うたり、竜馬竜馬と呼んだりするのも、おりょうはんにとって、竜馬はんがいなくなってへん証拠でっせぇ。おりょうはんはしあわせだったから、竜馬はんがまだいはるのやろな。竜馬はんと過ごした日々がしあわせやったんやね……あての女房はきっとしあわせなんてちっともありまへんのでしたろな。だからああやってきれいさっぱり捨ててしまうことができたんやなぁ」
おりょうはじっとうつむいてしまった。店主はその肩にやさしく手を置いた。
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02月10日(土)
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