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マシンガン★リーク
by 六実
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■「そして1930年、ダラス」
一番最初に思ったのは、タータンのクライドは明日を探して、明日が見つからなくてもがいていたクライドだったけれど、輝クライドは明日が見えない、見えてない、見ることができないクライドだったなぁと。今回の再演でものすごくはっとさせられたのが「普通の人はそんなこと(明日が来ないことを)を考えない!」。明日は当たり前に来るもので、私だって毎日生きていてそれを疑ったことはない。明日が来ないことなんて考えたこともない。明日は希望を持って待ち構えるものであり、時には不安を持って怯えるものであり、けれどもクライドの母親が言うように「明日が来たらまた今日の続きをはじめるだけ」というように日々続いていくもの。けれどもそれがクライドには見えていなかったんだと、気づいたときは衝撃でした。それをクライドは諦めているようでもあり、明日が見えている「普通の人」に憧れているようでもあり、けれども「明日が見えている普通の人」と自分は違うという孤独感に苛んでいて、だから今日しか生きられなくて、今日を生きた証しは明日に繋がるのじゃなくて、ただ戻りたくない昨日が積み重なっていくだけで、明日も見えない昨日にも戻れない、ただ今現在の快楽にすがることしかできなくて。それなのに、最後に残された今日ですら
「今日が間違っていることはわかっているんだ」
凰稀かなめという役者は、ほんと怖い。こういう崖っぷちの役やらせたら、全身全霊かけて演じてくるよ。それが技術的にはつたなくても、むき出しの自分をぶつけてくる……はからずも思い出したのはルドルフでした。
そんな風に明日が見えないクライドは甘ったれでもあり、弱虫でもあり。けれどもその崖っぷちに立っているからこそ「つよい」と思いました。金庫破りの場面で、テッドと対峙したときのあの凄み、「俺はがんばろうなんて思った事はない」。あの場面を私は初演の時は、テッドのやさしさとかためらいがクライドを逃がしてしまったのだと思っていたけれど、そうじゃないな、と。こんな風に「つよい」クライドが完全にテッドを打ち負かしていた。そういう狂気が輝クライドにはあって、それがもう本当にいたたまれなくて痛々しかった。
そんなクライドが最後にたどり着いたのは、「最初からなかった」ということ。それは「明日は、最初からなかった」って事なんじゃないかな、と。クライドは明日を求めながら明日が見えない自分をずっと追い詰めているように感じました。明日が見えないことに追われて逃げ続けて、
けれども「明日は、最初からなかった」と気づいたその瞬間に、「凍てついた明日」は溶けた。そして初めてただ真っ直ぐに向かっていくだけの明日を手に入れた。「死にに行くことないじゃないか!」と叫ぶジェレミー、けれどもそこからクライドは明日に向かって生き始めたんじゃないかなぁと。
で、このクライド最初から失われていた「明日」を「愛」に置き換えるとそのままボニーの物語になるのかなと思っています。「愛は大事な事?」と繰り返すボニーが一番愛が失われた事に囚われて追い詰められて、逃げて、でも逃げられなくて。
けれども「愛は、最初からなかった」と気づいたときに、初めてクライドの事を「愛している」と言えたんじゃないかなぁと。
で、私初演の時はこの物語のラストを「ボニーとクライドは最後に愛し合ってめでたしめでたし」かと思っていたんですよ。それが救いだったと。けれども今回はそうじゃなかった。初演では二人が最後に白い衣装を着てきて、確かお互いに「愛している」と言っていたはず。愛したいのに愛せない二人、逃げていた二人が、ようやく何かの境地にたどりついて、いっそ解脱すらしたんじゃないかという真っ白な衣装で、そして「愛している」。
けれども再演版は、抱き合うこともなく、微笑み佇むクライドに、ボニーが後ろからそっと近づいて、「愛している」で終わる。その違いが私の感じ方の違いなのか、あるいはオギーが意図的に入れたものかはわからないのですが、けれども再演版を見て「凍てついた明日が溶けた」物語なんだと気づいた時にはものすごく衝撃でした。終わることない夜だけが知っていた、明日がくることを。
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06月22日(日)
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