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マシンガン★リーク
by 六実
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■「何がしたいんだおまえは」「バカ!甘えたいだけに決まっているじゃないか」
海に向かって流れる川で、毎年この時期は精霊流しが行われる。火をともされた灯篭がゆらゆらと海へと流れてゆく、お盆に戻ってきた魂がかえってゆく。
幼い頃から毎年祖母に手を引かれて、この精霊流しを見送ってきた。
「おばあさま、これはなあに?これはなあに?」
幼い頃は意味がわからず、そう言って目の前の不思議な光景に祖母になあになあにとうるさく尋ねたら、静かにしなさいと頭をはたかれた。
祖母を真似てじっと手を合わせた。その意味を知ったのは、もう少し大きくなってからだった。精霊流しの日は祭りの日でもあるから、子供心にわきたつ日なのに、その締めくくりのこの行事は、どこか寂しいと子供心に思っていた。
「全く、陰気だね」
隣で紫央が言った。今日は二人とも夜遅くの外出を許された身だから、ここぞとばかりに賑やかな祭りを楽しんだ。紫央も今日はおばあさまが用意した浴衣を着ている。子供みたいだな、と紫央は少しだけ嫌がっていたが、おばあさまの言う事には逆らわなかったし、まだまだその頃の俺たちは子供だった。
「なんで、知らない人の為に祈るんだい?」
「……」
それは俺も思っていた、けれども幼い頃から祖母にしつけられた習慣だ。もちろん、亡くなった人の魂を弔うのは、人として当然のことだけれど……。
紫央は俺の隣で、俺を真似て手を合わせた。けれどもすぐに目をあけると、やっぱりわからないな、と首をかしげた。
「でも、綺麗だな……」
「うん」
今思えば、あの頃の俺たちはまだ、誰かいとしい人を失うことを知らなかったから、そんな風にただ精霊流しを「綺麗なもの」としてみていたのだろう。まだ、失う悲しみを、痛みを知らなかったから。
今年も、精霊流しの季節がやってきた。もう祭りにはしゃぐ歳でもなければ、夜中に出歩くことを咎められる歳でもない。そして誰に言われるまでも無く、俺はまたこうして精霊流しを見送りに来た。
そっと手を合わせる。そっと目を閉じる。
「やはりここにいたのか」
振り返ると紫央がいた。珍しい、ここに来るなんて。毎年こうしている俺を「いい歳した若者が」「じじむさい」だの散々言っていたのに。そう聞けば俺を探しに来ただけだとすぐに切り返す。
けれども紫央は、俺の隣に立つと、何も言わずに手を合わせた。その端正な横顔に、少しだけ幼い顔を見てあの日を思い出した。
目の前のあかりはゆらゆらと、ながれてゆく。人の魂をのせて、残されたものの想いをのせて……。
ああ、そうか。この夏は紫央の母上の新盆だった。ずっと病気がちだった紫央の母上は去年の暮れに無くなった。あれからもうそんなにたつのかと……。
紫央は、母上を見送りに来たのだろうか。
そうなのだろうか。
紫央はただ静かに祈っていた。その横顔にあの日を思い出す。紫央の母上の葬儀の日はとても寒い日で、その空気に凍ったのかというほどに、紫央の表情は変わらなかった。涙も見せず、淡々と、次期当主として客人をもてなし……、あの横顔が、重なる。
「なんで、お前が泣いている?」
「え?あ、ああ?」
自分でも気付かないうちに、涙が溢れていた。紫央と、紫央の母上を思っていたら涙がでてきた、紫央は母上をいつも「あの人」と呼んでいた。血の繋がりはあるのに、情の繋がりが薄かった母上をそう呼んでいた。けれども俺は、紫央がどれだけ母上を愛しているのか、大切に思っているのか、知っていたから。
「お前が泣くことじゃないだろう」
バレている。俺が紫央に同情をして泣いていることを紫央は気付いて、忌々しげに顔をゆがめた。そうだ、俺が泣くところではない。けれども紫央、お前はあの日泣かなかったじゃないか、お前が泣かないから……
紫央がふっと笑った。
「しょうがない」
そう言って紫央は俺の肩に手を置き、額を押し当てた。
「僕が泣くから、お前は泣くな」
紫央の肩はすぐに震え始めた。かすかに嗚咽が漏れた。……そんな風にしないと泣けないのかお前は、お前はずっと泣きたかったんだな、けれども俺はあの日、泣かせてやることもできなかったな……そう、俺が泣くところではない。
紫央の肩を抱きながら、水面にゆらめく灯篭のあかりを眺めていた。
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08月13日(日)
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