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マシンガン★リーク
by 六実
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■ハニーでジンジャーでシナモンな君
玉環にとって、「後宮3000の美女達」ひいては「後宮に入る事」は皇帝の寵愛のみを頼りにする「人形」になってしまうという事だったんじゃないかと思っています。己を失う、意思を失う。事実、玉環は己の意思とはまったく関係なく後宮に入れられてしまう。だからこそ、後宮に入ることを拒んだ玉環。けれども運命は楊玉環を人形のように簡単に連れ去って行ってしまった。冒頭の玉環と楊貴妃が私の中で最後まで繋がらなかったのですが、太真として尼寺に入れられた時に、玉環の中である覚悟というか、生まれ変わりとも言える現象が起きたのではないかと思います。そういう「人形」となった覚悟を決めて、ここでは皇帝の愛を得なくては生きられないのだと懸命にもがく楊貴妃。そして後宮3000の美女の中を勝ち抜いてく楊貴妃。そこにはかつて思い描いていた「人形」という憐れさも哀しさも感じなかったのかもしれない。何よりも皇帝からの本当の愛を得ることが出来たのだから。けれどもその愛を得たが為に、愛だけでは足りない事に気付いてしまった楊貴妃。ここで生きていくのには、もっと多くのものを求めなくては。そんな女の(あるいは女達の)もがく様が後宮劇として見えてきます。
けれどもやはり貴妃は「人に非ず」。皇甫惟明の死を知って、高力士に「見ざる言わざる聞かざる」と諭されて、楊貴妃はやはり自分が「人形」に過ぎなかったのだと知る。「皇甫惟明の死を『聞いて』」「楊国忠の中にその真実を『見て』」「何かを『言おうとする』」。それがすべて許されない存在、貴妃。その後、安禄山に襲われて、安禄山(女をモノのように扱う)にまるで人形のようにいとも簡単にもてあそばれてしまう己の存在。最初に皇帝に連れ去られた時のように、「人形」である自分の運命は誰かの手によって操られる。そこに己の意思はない。恐怖、そして真実。そんな楊貴妃に「よくやった、それでこそ私の貴妃だ」と褒め称える玄宗。貴妃であることを、人形であることを守った事を誇りに思うと言う玄宗。
やはり、私は人形にしか過ぎないのだ。
楊貴妃はこの時点ですでに、安禄山による玄宗皇帝の失脚、ひいては自分の死を悟っていたような気がするんです。だからこそ、すべてを失うと知ったからこそ「何もいらない、玄宗皇帝との平和がほしい」と言う。もはやそれがかなわないと知りながら。何故なら自分は人形にすぎないから、意思のない人形だから。
けれども玄宗はこの時点ではまだ自分の破滅の運命を知らない、それどころか本気で「2人だけの蓬莱宮」が立つと信じている。ならば自分はこのひとの破滅の時まで側にいよう。自分は人形だから、皇帝の愛を受けて生きてきた人形だから。
最期の時から天女として登場するまでの檀ちゃんが、本当にこの世のものとは思えないイキオイで神々しくて綺麗で、その姿はやはり人にあらざるものであるが故の神々しさで美しさだと思うのです。人形であった楊貴妃がその器を失った(死んだ)時、そこへ残ったのは玄宗への「想い」。皇帝でも貴妃でもなく、ただそれだけの「想い」。……そう思ったらすごく泣けてきましたってむっさんSSするなら他所で。
その2:人間になってしまった玄宗皇帝の話。
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12月23日(木)
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