ID:26167
マシンガン★リーク
by 六実
[828394hit]

■くすり指にはゆるすぎて
 一回しか観られないなら是非実質二番手の鎌足がカッさんの日に、と思っていたのですが(リスペクト貴城けい)、思ったほどのカタルシスは得られませんでした(そんなものを求めないで下さい)。前述の話を踏まえて「ああ、カッさんの軽皇子が見たい!」って思ってしまったり。カッさんの鎌足は「悪」ではなくて「悪役」という印象でした。過不足無く、「悪役」。脚本的に鎌足のパーソナリティってあんまり書き込まれていないように思えたんですよ、物語を動かす上での「悪役」、主人公の対極にいるもの。カッさんはかなり脚本に忠実に演じたと思います。でももうちょっと含めたり丸めたりできたような気がします。物語における役割は十分果たしているとは思いますが。と、そんな事を言いつつも、大化の改新で「鞍作が落とした槍を(拾えないように)踏みにじる鎌足」に震え、「公衆の面前で歌い踊る恥辱プレイを真剣にやる鎌足」に腹を抱え、「女(生駒)を利用するだけ利用していそうな鎌足(多分、本当には手を出していないと思う)(素)」に萌え……ごめん、むっさんカッさんダイスキだからな!
 ゆうひさんの石川麻呂。石川麻呂は出番こそ少ないですが、すごくやりがいがあるだろうなぁと思って見ていました。ねっとりとしたラブシーンはあるし、あと「弱い男」「卑屈な男」「負けた男」を演じるのは演じようによっては非常にオイシイと思っています。

 で、この物語。本当はこの3人が対等に書かれた方が面白かったんじゃないのかなぁと。鞍作というある時代の権力を取り巻いていた者達の物語。「我々はよい友人を持った」これは3人が対等の方が生きてくるような。 唐突に。
 「大化の改新」に向かって物語が収束していく部分で、なんとなく昔砂場でやった棒倒し(砂山のてっぺんに棒を立てて、順番に砂山の砂を掻きとっていって、棒を倒したものが負け)を思い出したんですよ(何故に)。棒が倒れることはすなわち失脚。以下たとえ話。
 飛鳥夕映え幼稚園のお庭ではくらつくりくん達が棒倒しで遊んでいて、ずる賢いかまたりくんは、くらつくりくんを負けさせたいので隣のいしかわまろくんに「あいつのばんでぼうがたおれるようにすなをとれよ、そしたらこのあいだのおねしょのことだまっていてやるかさ」唆し、かるのみこくんのお弁当にこっそり何か入れて、トイレに行ったきり戻って来れないようにして。でも賢いくらつくりくんはそれを見越して、ちゃんと自分の番で倒れないように「これぐらいならだいじょうぶ」と砂をかき取る。ところがくらつくりくんの番の前にからつくんがごっそり砂をかきとっていたものだから、くらつくりくんのときに棒は倒れてしまいました。【完】
 なんというか歴史と言うものは、そういうちょっとしためぐりわせ、誰かがちょっと砂を掻き取る量を間違えるだけで、自分の、あるいは誰かの歴史が大きく変わってしまうものだと、そういう事を感じさせられた物語だったんです。その砂山での棒倒しに参加する以上は対等。だからこの3人が対等に書かれていたら面白かったかなと思ったわけです。
 うまくいえないのですがその砂山棒倒し合戦に、この物語の面白みを感じました。


[飛鳥夕映え:鞍作の話]

 と言う訳で、鞍作。大化の改新で誅された悪役としての蘇我入鹿(鞍作)、その歴史の視点を変えて鞍作をヒーローとした物語、なんだと思っていましたが、鞍作が主人公と言うかヒーローとか正義とか、そういう感じではなかったです。単に「鞍作の側から見た大化の改新」というだけのような。
 歴史には正義も悪もない、ただ権力を持ったものが正義と判断されたり、後世に正義と判断されたり……何言っているんだ?(素)いや「鞍作賛歌(作詞:小林公平)」にはならなかったんだなぁと。そこがすごく面白かったです。新人物往来社風味に(もうさっぱりわかんない)。


 それはさておき。

[5]続きを読む

09月19日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る