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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■大陸雑誌「HIGH」の記事・2&ハリウッド映画祭
黄金の歳月を経て、城武而立(じりつ)の年!・2
黄金のごとく言葉を惜しむ
大勢の中でいつもひとり黙っている男性が、ずっと好きだ。
周囲がやかましく騒ぎ立てればたてるほど、
そういう男性は、ますます静かにものをわきまえている。
金城武はその典型である。
マスコミは、インタビューで彼はほとんどしゃべらず、
どんなに誘導してみても、いつも言葉を惜しんで話してくれないと書きたてる。
高慢で、スターぶっていると言う者は必ず出てくる。
だが、そう言われることに対し、金城武は、冷めた顔でこう言う。
「話すことがないのに、どうして話さなくてはいけないの、
たくさんしゃべることに意味はない。
ぼくは本当にそう思う。
先方がぼくがこう答えるだろうと決めてかかってする質問は、誠実じゃない」
けれど、多くの映画で、彼は伝えることを決して出し惜しみしていない。
特にウォン・カーウァイ作品では、あの傍白やモノローグから、
私達は孤独な魂の声を聞き取る。
これははっきり言える。
演じる役1つ1つに、彼が伝えたいと渇望する心の声が込められている。
言葉以外に、体や目を巧みに使って自分の内面を表現する人たちがいるが、
これは、俳優にとって非常に大切な能力だ。
初期の金城武の演技は、他の俳優達と同様、生硬で型にはまっていた。
だが、すぐに彼のこの天分が、その後の演技に存分に発揮されるようになった。
口元からこぼれる無邪気な笑い、全身を揺らしての疾走、
10度から15度、肩が左右に振れる歩き方、
あるいはときどき見せる、遠くを見るような寂しげな目等々、
出演作をずっと見ていると、やはりある種のパターン≠ヘ感じざるを得ないかもしれない。
けれども、そのシーンにおいては、
そういうパターン♂サされた動きやまなざしであろうとも、
いつも私達の心をぴたりと揺さぶってくることは否定できない。
例えば、「君のいた永遠」で、若い浩君が小柔と暗い気持ちで別れ、
ただ彼女を思って過ごした日々、果てしない空を見上げてギターを弾く。
がらんとした寂しさで胸がいっぱいになる。
このとき言葉はまったく余分ではないだろうか?
控えめ
控えめさに感謝しよう。
もし、彼が控えめな人間でなかったら、
私達は、こんなにも彼の新作を楽しみに待ったりはしないだろう。
想像してみよう。
彼がオファーがあれば何でも映画に出るし、CMの話があれば全部受ける、
どこでもかしこでも彼の笑顔が見られ、どこへ行っても、声が聞ける。
ちょうど人気絶頂のときのある芸能人たちのように、
隣のお兄ちゃんの顔より、彼の顔を見るほうが多かったりする。
彼の習慣だって好きなものだって、そして恋愛までが、
白日のもとに分析されるような状態を想像してみよう。
そんなふうでも、まだ彼が好きな人がいるとは、とても想像しにくい。
最近、「LOVERS」の全関係者が、進んで、あるいは仕方なく、
芸能界のセンセーションの嵐のただなか≠ノ身を置くことになった。
一貫して控えめな態度をくずさない金城武もまた、逃れることはできなかった。
だが、嵐の中でも、彼は依然として自分を偽らない原則を守っていた。
確かに彼も何回かにわたるプロモーションに参加はしたものの、
他の俳優達が、プロダクションの進める集中したプロモーションに
よく協力していたのに比べると、明らかに興味薄く、
心ここにあらずというふうだった。
ただ、私達は、それでも彼の心のこもった弁明をを信じる。
「ぼくは、子どもの頃から、あまり喋るのが好きではないんです。
それで、恥ずかしがりやだとよく言われるけれど、
実は何を話したらいいのかわからないんですよ。
にぎやかなのが好きな人間でもないし。
撮影のときは一生懸命だけど、宣伝とかには全然関心がないんです」
結び
而立の年になった金城武は、芸能界ですでに生涯の輝かしい10年の時を過ごした。
その彼の顔に、今もなお少年のような当惑と無邪気さの
名残を認められることは、とても嬉しい。
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10月10日(日)
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