ID:23473
武ニュースDiary
by あさかぜ
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■Lovers製作ノートから「災難」@●「men’s uno」関連記事(台湾)
Lovers製作ノートから「災難」@   1:40

昨日の新京報の「Lovers」製作ノートから、
災難続きの製作現場の話、3つの災難。
もう知っている話がほとんどですが、今の段階でのまとめに。
しかし、長くて、武登場までたどりつけなかった……

「十面埋伏」製作ノート テーマ:災難

果てしなく、どこまでも続く満開の花の野が、
ずうっと前からチャン・イーモウの心の中にあった。
彼はそれをウクライナの地に咲かせたいと、
そしてスクリーンの上に咲かせたいと思った。
10数年前、西北の地に広大なコーリャン畑を出現させたように、
チャン・イーモウは自らウクライナを訪れて種を選び、交渉し、
栽培を監督し、その花のために奔走した。

1年後、想像の中では山野を埋め尽くして咲き誇っているはずの花は、
広大な荒地の草となってチャン・イーモウの眼前に現われたのだった……
そして、これは彼のウクライナでの「絶えざる災難」の始まりに
過ぎなかったのである――思いがけぬ大雪、金城武の落馬による負傷、
神様はいつも意地悪だった。チャン・イーモウの言葉で言うと、
「予想外だった、予想外なことばかりだった」ということになる。

2003年9月11日、「十面埋伏」はウクライナで正式にクランク・インをした。
奇しくも2002年の9月11日は、「英雄」のクランクアップの日であった。

第1の災難 心こめて植えた花が開かず

初めの脚本――無数の愛らしい花が花弁を開き、風に揺れ、
山にも谷にも満開だ。連綿として広がる、果てしない大海のように……

2002年10月、「英雄」の仕事が終わるとすぐ、チャン・イーモウは
仲間を連れてロケ地探しに東奔西走の日々を開始した。
その折、どの地でも、彼は花のことを言った。
なぜなら彼の心の中では、新しい物語は果てしない花の野でこそ
生まれるものだったからである。
彼の考え方は大変シンプルで、理想的な花が見つからなければ、
自分で植えるというものだ。だから彼はウクライナに来た。
1カ月後、チャン・イーモウは花の種をたずさえてウクライナに戻ってきた。

10数年前、チャン・イーモウは「紅いコーリャン」のために
西北の荒地を開墾してコーリャン畑を開いた。
今、彼は同じように、1本の映画のため、
異国の村に花の野を出現させようとしていた。
しかし、コーリャン畑のときの失敗の教訓があった。
「当時、農民が肥料をあぜに押し込むのを目撃したんだ。
誰もいなくなるのを待って、彼らは2畝分の肥料を家に持ち帰り、
オンドルにくべてしまったのさ」

そこで今回、彼は特に、ウクライナの晩秋に咲き誇る花の野が
コーリャンのときのような目にあわないか心配して、
2003年4月には、自分自身でウクライナを訪れ、
花の様子を見てこようと決めた。
あいにくなことに、SARSの突然の襲来がウクライナへの
すべての道をとざすことになった。

チャン・イーモウと製作主任の張震燕、カメラマンの小丁はマスクをかけ、
北京の空港から四川、浙江、雲南へと飛んでロケハンを行なったが、
チャン・イーモウの心の中では、あの花のことが何よりも気にかかっていた。
一方で、プロデューサーの1人、張偉平は1日中ビザの問題で忙殺されていた。
実に2003年の8月になって、ようやくビザが下りた。
この間、製作部はニュージーランド・ロケに変更することも考えたが、
チャン・イーモウはウクライナの花を待つ気持ちを変えなかった。

2003年9月5日、大部隊は首都空港を飛び立ち、ウクライナへと向かった。
飛行機を降りるとまず、チャン・イーモウは花を植えた場所に向かって急いだ。
脚本を読んでいた者は誰もが爛漫と咲く花を期待していた。
だが、現地を見て、みなすっかり失望してしまった。
まばらに生えた小さな花が、9ヘクタールの土地にひっそりとあったのだ。
チャン・イーモウはその前に、黙ったまま長いことたたずんでいた。
そしてあたりを長時間うろうろと歩き回った。
10万の種がもたらした心からの期待は、その瞬間、泡となって消えた。

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06月30日(水)
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