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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■上海電視
こういう心の状態は、子ども時代の経験と関係がある。

「ぼくの父親は日本人で、母親は台湾人、ずっと台湾で育ちました。
日本人学校に通い、言葉は、どれもあまりうまくないと思います。
アイデンティティもいつも揺れていました。
その後香港で映画に出ました。
映画に出るようになって、何人かの監督達と出会い、
いろいろなものを、考え方をもらいました。
映画とは面白いなあと思います。
つまり、ある人とぼくとがある場所で互いにつながりあう。
2人は完全に別々の人間だけど、ぼくが演じることである交点が生じます。
ぼくはこの交点を理解しなければならない、それは一種独特な経験です」

彼はプロとしての訓練を積んで、俳優は自分の考えを多く持たなくていいのだと思った。
彼はあっさりと、かつはっきりとこう考える。
俳優はすなわち監督の手中の駒であると。

「『LOVERS』は、内地の大監督と仕事をするチャンスをくれました。
監督とも、いつも話していました。
この人物は論理的におかしい、
彼はなぜチャン・ツーイーを愛したのか、ぼくにはわかりません……。
でも、それでもやっぱり有意義な経験でした。
どの仕事でも、ある人物を演じること、
それは他人の考え方を理解することでもあるからです。
監督のことも、その役のことも」

話をするとき、決して「自分が、自分が」と言わない

心のままに生活できないということに、彼の矛盾がある。
彼はもともと大変静かな人で、その上、人気絶頂になれば、
普通の人間の暮らしはまず無理だ。

一方、俳優としては、もし自身にさらなる成長を要求するのであれば、
生活の中で、様々な人を観察したり、経験したりすることが、豊かな訓練となる。
これは矛盾せざるを得ない。

「確かに、パッと表に出て行って、屋台に行ったり、
街を歩いたりなんてこともしたいですよ。
でも……一緒に過ごすのは仕事のスタッフ、それから友達、家族で、限られています。
それからネットで知り合った人も少し。
これは確かにすごい矛盾です。
演技力を高めるには、生活が必要だ、けれども、一般の人の生活には触れられない。
確かに矛盾してます」

彼は重苦しいものはあまり好きではない。
年齢的なことからかもしれないが、彼は、黒澤明のような風格には、
しっかりした文化的基礎が必要だと思っている。
しかし誰でもそういう文化が必要なわけではない。

子どもの頃、彼は俳優になろうなどと考えたことはなかったし、
何になろうという考えもなかった。
大きくなってから、その世界の大物が仕事をくれ、
ついついこの世界に入るようになっただけだ。
その後長い時が経ち、少しずつ、自分自身をかえりみるようになり始めた。

彼と、彼が演じた役は、1つのことを固く信じ、一貫して変わらない、
ある種の子どものようなあどけなさと頑なさをもっている。
世間の考え方にぶつかり、両方をうまくすりあわせる方法を
どうしても見つけることが出来ない。
それが変化するには、時が必要なのかもしれないし、
また一生涯変わらない性格なのかもしれない。
ピーター・チャンは、こう言っている。
自分が金城武を好きなのは、彼が話をするとき、
決して自分のことばかり言うことがないからだと。  (完)


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02月03日(日)
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