ID:22831
『日々の映像』
by 石田ふたみ
[256574hit]
■東京で全国戦没者追悼式
59回目の終戦記念日の15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京・北の丸公園の日本武道館で開かれた。 追悼対象は「戦死した軍人、軍属約230万人と、空襲や原爆で亡くなった一般市民約80万人」(産経から)となっている。 追悼式には、全国の遺族約4900人をはじめ天皇、皇后両陛下や衆参両院議長、最高裁判所長官、各界の代表ら約500人が参列。310万人の戦没者の冥福を祈った。小泉首相は式辞で「我が国は、多くの国々とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と01年の就任以来、今年もほぼ同じ表現を使っている。
小泉首相の追悼式での式辞はメモ欄に掲載したが、いつも釈然としない言葉は次のくだりである。「祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは戦後、遠い異境の地に亡くなりました。終戦から、59年の歳月が過ぎ去りましたが、今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれております」(産経から)はたして230万人の人達が祖国を思って戦場に散って行ったのだろうか。私は、230万人の人達は軍国主義・国家主義の犠牲者との見方にウエートを置いている。「今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲・・・、の上に築かれております」この言葉は、戦前の美化につながる言葉であると思う。
―――――――――――――――――――――――――――――――
癒しの森362 2004年8月16日
谷亮子が「金」、2大会連続
谷亮子さんのことをこの癒しの森に書くのは3回目である。ともかく92年バルセロナ五輪から4大会連続で五輪出場を果たし多だけでも偉業なのである。それが前回シドニーに続いて金メダルを獲得したのであるから賛嘆の言葉が見当たらない。しかも今回は怪我を乗り越えての金メダルなのである。谷選手は、試合後のインタビューで、「シドニーの時よりも何倍もうれしい」と声をつまらせた。佳知選手は一緒に観戦していた仲間からおめでとうと祝福され、「彼女にとって最高の大会になった」とおえつしたという。これらの情景に接すると心に薫風が走るような爽やかさを感じる。
2003年12月8日の癒しの森にこんな一文を書いた。「この人は褒め称えるというより、尊敬に値する素晴らしい28歳の人である。なにしろ亮子さんは、、我々凡人では想像すら出来ない努力をしている。癒しの森36に書いたが毎日3000回の腕立て伏せなどで肉体を鍛えているという。この努力に心から敬意を表したい」この気持ちは今も同じである。
・バロセロナ シドニー、アテネと 12年 努力の君の 光る涙よ
My追加
――――――――――――――――――――――――――――――
メモ 小泉純一郎首相の全国戦没者追悼式での式辞
天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者のご遺族および各界代表多数のご列席を得て、全国戦没者追悼式をここに挙行いたします。
先の大戦では、300万余の方々が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは戦後、遠い異境の地に亡くなりました。終戦から、59年の歳月が過ぎ去りましたが、今日の平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とした方々の尊い犠牲と、戦後の国民のたゆまぬ努力の上に築かれております。戦没者の方々のご冥福を心からお祈り申し上げるとともに、衷心より敬意と感謝をささげます。
先の大戦において、わが国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。
私は、過去を謙虚に振り返り、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、不戦の誓いを堅持し、平和国家日本の建設を進めてまいります。わが国は、世界各国との友好関係を一層発展させ、国際社会の一員として、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献してまいります。平和を大切にする国家として、世界から一層高い信頼を得られるよう、全力を尽くしてまいります。
[5]続きを読む
08月16日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る