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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■裁判官の「暴走族は産廃以下」の発言
裁判官の少年に対する「暴走族は産廃以下」の発言が波紋を広げている。発言は非公開の少年審判で、50代の男性裁判官が暴力団の名前を挙げて「暴走族は暴力団の少年部」指摘「犬のうんこも肥料として使えるのに、そんな暴走族はリサイクルできない産業廃棄物以下」(11月7日毎日)と発言したと言う。
この発言が伝えられると、当然賛否両論が出てくる。毎日の伝えるところによると、裁判官の発言を「良くぞ言ってくれた」と言うような支持・擁護のメールが多く、「発言は不適切」とする意見は少なかったという。
少年らに息子(当時16歳)の命を奪われた小倉景一さん(56)は公判を傍聴した直後は「『うんこ』『産廃』と言われても構わないはずだ」と思ったという。しかし「少年らの表情を思い浮かべると反省の態度が見える。今は、少年らを『産廃以下』とは思わない」(引用・同)とその心境を述べている。
この裁判官の発言を目にして、6年前の日々の映像で松下幸之助の語録を引用して「人間はダイヤモンドの原石」題するエッセイを書いたことを思い出した。人間をどう見るか、暴走族の少年たちをどう見るか、1枚の静止した暴走族の写真と見るか、人は常に変化する能力を秘めていると見るか、・・・この人間観がその人の文化そのものであると思う。
松下幸之助は「人間とは繁栄への能力を秘めたなんと素晴らしい存在であろう。あたかも磨けば光るダイヤモンドの原石のようなものだ」(1997年12月PHPから)と言う人間観を持っていたのだ。上記の少年達も「可能性を秘めたダイヤの原石」という眼差しを注がれて育てば、暴走族になって、殺人を犯すことはなかったと思う。
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癒しの森93 2003年11月19日
音の色彩を輝かせて(1)
6年10ヶ月間、毎日1枚の日々の映像のなかで、最も感動して書いたのが盲目のピアニスト梯剛之さんのことである。この人のことは、10月14日にも書いたが、これから2日間続けて梯剛之さんと、母郁子さんの物語を記述したい。
なにしろ、剛之さんは生後1ヶ月で小児がんに冒され両眼の視力を失ったのだ。剛之さんは言う。「僕は今、普通に歩いていますが、どうやって足を動かすのかも逐一、母が足を持って歩かせた。そうした1つづつのことをやってくれたから今の僕がある。その忍耐の力というものは計り知れないと思う」と母に対する感謝の気持ちを表わしていた。全盲の1歳児に歩くことを教えることは、母郁子さんの想像を絶する努力があったことだろう。
・一歩二歩 歩くこととは こうなのよ 偉大な母の 愛を讃えん
N響の父とソプラノ歌手の母の元に生まれたことが、剛之さんが人間の限界を超えた才能を開花させたベースなのだろう。4歳で本格的にピアノを習い始めたという。剛之さんはいう。「5本の指を使うということが驚くほど難しい。これも忍耐のいる仕事だったと思います」と。いうまでもなく、母が全盲の4歳児に手を取って教えたのである。これがどれだけ難事であったかは想像すら出来ない。
・指を取り ドレミとたたいて 音ありき 耳に響くは 母の愛かな
(本文、短歌とも1997年10月19日の日々の映像から)
11月19日(水)
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