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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 金賢姫元工作員(47)と耕一郎さん(32)の面談
 北朝鮮は核放棄の交渉を空転させ、今は人工衛星の打ち上げと言ってミサイル開発を強行しようとしている。
 過去のおぞましい犯罪や現在の行動を許すわけにはいかない。ただ、圧力一辺倒で打開できないこともまた現実である。変わらぬ怒りと悲しみを抱きつつ、対話と圧力を組み合わせて北朝鮮を動かす環境をつくっていく。それしか道はないのではないか。
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2、社説:金元死刑囚面会 「拉致」解明への一歩にしたい
毎日新聞 2009年3月12日 
 北朝鮮の工作員だった金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚と拉致被害者の田口八重子さんの家族の面会が韓国・釜山で実現した。拉致事件究明にただちにつながる新情報はもたらされなかったようだが、今後の日韓連携の弾みになることを期待したい。
 田口さんの長男、飯塚耕一郎さんが母親と引き離されたのは1歳の時だ。母と話したことも、見たことも、触ったこともない。しぐさや癖などを聞いて、母親像をつかみたい−−。耕一郎さんは面会を前にこう語っていた。
 面会の冒頭、金元死刑囚に「お母さんはきっと生きている。抱いてもいいですか」と日本語で語りかけられ、しっかりと抱き合った。北朝鮮での母親の生活ぶりを直接知っている金元死刑囚に会いたいという5年間の悲願がかない感無量だったろう。
 田口さんが耕一郎さんら2人の子を残して姿を消したのは1978年6月のことだ。その3年後から、田口さんは北朝鮮の平壌近郊の招待所で金元死刑囚と1年8カ月にわたって一緒に生活したことが金元死刑囚の証言でわかっている。金元死刑囚に日本語教育をするためだった。
 大韓航空機がミャンマー上空で爆発し115人が死亡したのはその4年後の87年11月だ。爆破事件の実行犯として拘束された金元死刑囚は「北朝鮮で李恩恵(リウネ)という日本人女性から日本語教育を受けた」と供述し、その後日本の警察当局は「李恩恵」が田口さんであると断定した。だが、北朝鮮は大韓航空機事件とのつながりを否定しているため「李恩恵」の存在を認められないのだ。
 しかし、田口さんの兄で拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さんは面会後の記者会見で「妹の存在を証言してくれて感謝している」と語り、金元死刑囚も大韓航空機事件は北朝鮮のテロであると明言した。北朝鮮の説明の矛盾が浮き彫りにされた格好だ。
 北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記は02年9月の日朝首脳会談で日本人拉致を認めて謝罪した。だが、その後も北朝鮮の説明には不自然な点が多いままだ。
 田口さんについては「84年10月に拉致被害者の原敕晁(ただあき)さんと結婚し、その後原さんは病死し、田口さんは交通事故死した」としている。しかし、金元死刑囚は会見で「86年ごろに結婚させるという話があったようだ。ただ、結婚について聞いたことがない」と北朝鮮側の説明と異なることを述べた。
 北朝鮮はこうした不自然な点について再調査し、日本側が納得できる結果を示さなければならない。
 今回、面会が実現したのは北朝鮮に対する融和政策をとってきた韓国の過去2代の政権と一線を画す李明博(イミョンバク)政権が誕生したのが大きい。これを機に、拉致解明へ日韓協力をさらに進めてもらいたい。
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毎日新聞 2009年3月12日 0時08分
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3、社説:日米韓軸に北朝鮮包囲網を(3/12)
                      2009年3月12日 日経

北朝鮮の元工作員で1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫元死刑囚と、拉致被害者の田口八重子さんの家族が韓国の釜山で初めて面会した。


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03月13日(金)
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