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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 北島、二百平も「金」 2大会連続2冠偉業達成
 アテネでは、平井コーチに心残りもあった。「世界記録を出せなかった」。北京五輪へ向け、次なる目標ができた。だが、一度頂点を目指し、極限まで追い詰めた体と心は、やすやすとは思い通りにならない。抜群の集中力を発揮する一方で、「気持ちが続かないのが、自分の悪い点かもしれない」と、北島は自己分析する。
 4年という長い月日を考えると、簡単にはモチベーションが上がらなかった。翌年からの2年は、どん底を経験する。特に二百メートルで苦しんだ。05年の世界選手権は代表の座を逃し、翌年の日本選手権では4位に終わる失態。五輪の金メダリストが「表彰台にも上がれないなんて」と、屈辱をかみしめた。
 心の不調は、体にも伝染する。度重なる故障や、大会前に発熱などの体調不良が続く。平井コーチは焦りを抑えながら「こういう時期があるはずだ。待つしかない」と、自分に言い聞かせた。
 昨年に入ってようやく、持ち前のギラギラとした目が戻ってきた。低迷の時期を振り返り、北島は「遠回りもしたが、あれがあったからこそ、今がある」と言う。世界記録は逃し、「欲を持って臨んだのがいけなかった」と残念がったが、4年前とは「2個の金メダル」の重みは違った。【堤浩一郎】
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北島が連続2冠 平泳ぎで初、200も金
                         2008年8月14日 日経
 【北京=五輪取材班】北京五輪第7日の14日、競泳の男子200メートル平泳ぎ決勝で北島康介(日本コカ・コーラ)が2分7秒64の五輪新記録で金メダルを獲得、平泳ぎでは五輪史上初めて100、200メートルの2種目を2大会連続で制した。
 2大会連続で個人種目2冠は日本競泳史上初めて。男子200メートル平泳ぎの日本人連覇は、1928年アムステルダム大会、32年ロサンゼルス大会の鶴田義行以来76年ぶり。 (11:54)

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北島、2冠連覇 師の一言、戻った集中力
                    2008年8月14日18時49分  朝日新聞
 大きく息をはき、右手の人さし指を天に突き上げた。
 2分7秒64。五輪新。
 男子平泳ぎ200メートル決勝。北島康介が2大会連続2冠の偉業を成し遂げた瞬間だ。
 「ほっとした。(世界)記録も狙っていたが、記録より勝つことが大事。優勝できてよかった」
 まだ、やせ細った少年だった。
 高校3年で迎えた00年シドニー五輪。男子100メートル平泳ぎで4位になりながら、200メートル平泳ぎは予選落ちした。世界に飛躍するきっかけをつかみ、同時に挫折を味わった。
 「金メダルを取ろう」
 北島は、東京スイミングセンターで中学2年から指導を受けてきた平井伯昌コーチと誓い合った。
 外国選手のパワーに対抗するためにウエートトレーニングを取り入れた。長距離選手に向いていると思われた高地トレーニングも本格的に導入した。次々と日本競泳界の常識を覆した。
 02年の釜山アジア大会の200メートル平泳ぎで、2分9秒97の世界新。翌年のバルセロナ世界選手権で100メートルは59秒78の世界新、200メートルも2分9秒42の世界新。シドニー後に芽生え始めたプロ選手になる夢を、2人で実現した。
 世界新を出す前から、平井は周囲に話していた。
 「北京五輪でも2冠を取る」
 北島は来るべきアテネ五輪に集中していた。だが、周囲から平井の思いは聞いていた。2五輪連続2冠は、まだ金メダルを手にする前からの師弟の夢だった。
 常に歩みをともにしたわけではない。
 アテネ五輪後、北島は虚脱感に苦しむ。平井は、練習に身が入らない金メダリストの姿を黙って見ていた。
 「康介はまるで芸能人のようだった。金メダルを取り、交遊関係が広がったのだろう。明らかに夜通しで遊び、練習に来たことがあった」
 得意だった200メートル平泳ぎで、北島は05年も06年も日本選手権のタイトルを逃した。
 06年5月、北島は平井の誕生会を開いた。
 「試合以外で、コーチを喜ばすことがなかったから」

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08月14日(木)
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