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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■ 巨大な利益を上げる穀物メジャー
小麦の輸入はアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国からの輸入量が大部分を占めます。平成17年の小麦の輸入量は、アメリカ310万トン、カナダ124万トン、オーストラリア111万トンとなっています。
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日本人はなぜパンを食べるのか?
http://tsurumitext.seesaa.net/archives/200803-1.html
2008年03月24日

「いまになって、日本では『米を見直す』キャンペーンを始めていることは承知しています。しかし、すでに小麦は日本人、特に若い層の胃袋に確実に定着したものと私たちは理解しています。今後も消費は増えることはあっても減ることはないでしょう。私たちの関心は、とっくに他のアジア諸国に移っています。日本の経験で得た市場開拓のノウハウを生かして、この巨大な潜在市場に第二・第三の日本を作ってゆくのが今後の任務です。日本のケースは私たちに大きな確信をあたえてくれました。それは米食民族の食習慣を米から小麦に変えてゆくことは可能なのだということです」 1)

これはアメリカ西部小麦連合会の会長の、つい最近ではなく、70年代の終わり頃の発言だ。
日本人は第二次大戦の終戦まで、一般にパンを主食にした「洋食」を食べる習慣はなかった。戦前まではご飯に味噌汁、漬物あたりを基本にした食事が普通で、こうしたコメ中心の食事を何千年もかけて、ゆっくりと作り上げてきたはずだった。2) それがほんの数十年の間でここまで劇的に変わってしまったのは、なぜなんだろうか?

1950年代、アメリカは余った小麦の輸出先を探していて、都合のいいことに日本は食糧難で困っていた。敗戦のショックで、自分の文化にも自信を失ってたことだろう。そこでアメリカ西部小麦連合会の主導で、日本にパン食を定着させ、末長く小麦輸出の得意先にするべく「小麦戦略」が始まったのだ。
まずは学校給食をパンと脱脂粉乳にし、アメリカの農務省が資金を出した「キッチンカー」という栄養指導車が、小麦を使った料理を実演しながら全国を回った。パン屋の育成事業も展開され、西洋から導入された栄養学はコメ食による栄養の偏りを警告し、パン、乳製品、肉のよさをアピールした。
「日に一度 パンをかかさぬ母の愛」と書かれた看板を掲げた宣伝カーまで登場した(この時点ではまだ、一日に一度のパン食が目標だったのだ)。
こうしてコメよりもパン、味噌汁より牛乳が体にいいというイメージが作られていった。

さらに1960年に池田勇人首相の打ち出した「所得倍増計画」により、日本を工業国として立国することが国策となり、国産の小麦(ひいいては国内の農業)は輸入産品によって壊滅的な打撃を受ける。
1965年には、アメリカ小麦の輸入を1億ブッシェル(272万トン)の大台に乗せる目標が定められ、小麦製品であるアメリカンタイプ・サンドイッチ、洋菓子、インスタントラーメン、マカロニ・スパゲティの各普及事業も始まった。
この時点で我々の食生活は、ほぼ今のように変えられてしまったも同然なんじゃないだろうか?
そして70年代後半には、パンへの需要も飽和点をむかえたと言われ、冒頭の発言につながるわけだ。3)


ここまで短期間に食生活が変わった例は人類の歴史でも稀だとまで言う研究者がいるほど、我々日本人の食べるものは変わった。では、それによって得をしたのは誰だろうか?

アメリカから小麦を輸入すると言っても、アメリカ政府から日本政府に直接小麦が送られるわけではない。実際に畑で作られた農作物を送り込んでくるのは、商社や多国籍アグリ(農業)ビジネスだ。輸入小麦は、「輸入相手先生産者 ⇒ 穀物輸出業者 ⇒ 日本の輸入商社 ⇒ 日本の総合食料局 ⇒ 製粉メーカー ⇒ 実需者」というルートでやってくる。
アメリカなら「カーギル」を筆頭とする巨大穀物商社が、内外の政策に深く関与しながら貿易を拡大しているし、4) 日本では三井物産、三菱商事、丸紅、全農などの総合商社やアグリビジネスが小麦の輸入も扱ってきた。

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05月04日(日)
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