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『日々の映像』
by 石田ふたみ
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■経済優先の考え方を捨てるしかない
現在、公開中の映画「北極のナヌー」(米)も野生動物の生息環境の悪化を強く印象付けるドキュメンタリー作品。A・ラヴェッチ、S・ロバートソン夫妻が10年間にわたって撮影したセイウチとホッキョクグマの膨大なフィルムを、さながら動物の一生のように巧みに編集したものだ。幼いクマが飢えと寒さで絶命する様子を母グマと姉グマが見守る哀切極まりないシーンや、体を張って仲間の子を守るセイウチの犠牲的な行動など、人間にも通じるような家族の情愛が胸を打つ。
見所のひとつが、セイウチを狙うクマと、防戦にこれ努めるセイウチとの頭脳プレー。夫妻によると、撮影を開始した当初、この2種類の動物が同じ場所に生息するはずはないとされていたが、氷の減少でアザラシの狩り場を失ったクマが空腹に耐えかねて、巨大で難敵ともいえるセイウチに接近し始めたのだという。映画の完成後も北極の視察を続ける夫妻だが、この夏はグリーンランドからアラスカまで氷に阻まれることなく一直線にボートで航海できた、とも。2人が肌身で感じた温暖化の脅威が作品の随所に織り込まれている。
これらの作品の動物たちは、時に愛くるしく、時に崇高な気配さえ漂わすが、懸命に生きる彼らの姿に感動しながら、一方で小さな疑問もわいてくる。「ホワイト・プラネット」のスタッフは撮影の裏話を描いたフィルムの中で、「編集で映像をよりドラマチックに見せる」といった発言をしていた。「北極のナヌー」のナレーションはいささかセンチメンタル過ぎる気もする。「ナヌー」の監督ロバートソン氏は「ゴア氏の作品は、温暖化を頭で理解するもの。我々の映画はハートで理解してほしい」と言うのだが。
もちろんドキュメンタリー作品といえども、一種のバイアスは避けられないし、編集作業による強調がこれらのフィルムの価値を損ねたとも思えない。ただ、動物のストーリーはただでさえ涙腺を刺激しがちな上、映像の効果は絶大だから、いわゆるメディア・リテラシー、つまり情報を冷静に評価・識別する姿勢もある程度は必要だろう。
11月23日(金)
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