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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■当事者性の限界
「当事者」という言葉はいろいろなジャンルで使われています。法律の分野では、事件や紛争に直接関わる人を当事者と呼びます(加害者とか被害者とか)。

福祉の分野では、障害を持っている人を当事者と呼びます。浦河べてるの家の「当事者研究」は、統合失調の人が病気の症状に上手に対処する方法を(支援者の手助けを得ながらですが)自分で見つけていく点を特徴にしています。障害のほかにも、暴力被害などの問題を抱える人も当事者と呼ばれます。

依存症を障害と捉えれば、アルコホーリックは依存症の「当事者」です。ですからAAは当事者の集まりということになります。

(さて、家族の立場の人は当事者なのでしょうか? それには曖昧さがあるようなので、その議論は別の機会に譲り、今回は本人について話を進めていきます)

当事者という概念が存在するのは、問題の解決に当事者でない人が関わってくるからでしょう。法律の分野では、弁護士や検察や裁判所が関わってきます。病気や障害の場合には、医師やソーシャルワーカーが関わってきます。問題解決を援助する人(援助者)と援助される人(被援助者)という関係が成り立ちます。そしてたいていの場合、援助する側はプロフェッショナル(職業人)であり、援助を仕事にしています。

プロの援助者は、たいていは当事者ではありません。自己破産の手続きを手伝ってくれる弁護士が自己破産した人だ・・とか、統合失調の治療をする医師が統合失調を患っている・・ということはまずありません。あったとしてもレアケースです。プロでありながら当事者でもあるとすれば、それはむしろ不都合なことだと見なされます。

セルフヘルプ(自助)グループは、プロによる援助を排し、当事者が自分たちの手で問題を解決していくことを特徴としています。AAも同様です。

当事者と似た概念にピアがあります。peer という言葉を英語の辞書で引くと、a person who is of the same age or position in society as you とあります。年齢や社会的地位が同じ人。年上でも年下でもない同年齢とか、上司でも部下でもない同僚です。対等の立場ということが強調される言葉です。ピアサポートとか、ピアサポート・グループという言葉は、参加者が対等の立場であることを強調しています。

では、AAはピアサポートなのかというと、それはちょっと微妙です。対等というのをどれほど厳密に考えるかにもよりますが、スポンサーとスポンシーの関係は、プロによる援助とは違って同等の立場によるものです。けれど、そこには明確に「援助する人」と「援助される人」の関係があるので、ピアとは呼びにくいです。

話が脇に逸れますが、例えスポンシーが飲んでしまっても、スポンサーは酒をやめ続けることができる・・人を手助けしているつもりで、実は自分が一番助けられている。そこには、援助する側・される側の逆転があり、相互に援助しているとも言えます(対称ではないけれど)。

話を元に戻して、AAに関してピアという言葉を使うのはふさわしくなさそうなので、当事者という言葉を選ぶことにしましょう。

数ある精神疾患のなかでも、依存症ほど当事者活動が盛んな分野も他にないように思います。他の病気にも患者会はありますが、AAや断酒会ほど高い頻度で会合を開いているという話はあまり聞きません。

なぜアルコール依存症の当事者活動は盛んなのか。いままでその理由を深く考えたことはありませんでした。完治させる治療法がないため、再発(スリップ)の防止に重点を置かなくてはならない。入院や通院よりも、日常生活の中に支えがあったほうが都合が良い。それを踏まえると、日常生活全般を生涯にわたってプロが援助することなど無理ですから、当事者どうしで支え合うのが現実解だ、ぐらいに思っていました。

しかし、最近はそれだけでもないだろう、と思うようになりました。

「○○は、それを経験した者でなければ分らない」という考え方があります。○○には、例えば「子育ての大変さ」とか「介護」とか「新聞配達」などが入ります。これが、傍から見ているだけじゃ、その苦労(や喜び)は分りませんぜ!と、まあ経験至上主義とでも呼びましょうか。


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09月20日(日)
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