ID:1488
頑張る40代!plus
by しろげしんた
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■やんぽう通信から
ミエコ

【1】
今からおよそ20年前、ぼくはある大手の電器専門店で働いていた。
当時ぼくは、楽器売場を担当していた。
その楽器売場の左隣にレコード売場、正面にテープの売場があった。
そのテープの売場に、ちょっと変わった責任者がいた。
自己中心的で、協調性がなく、思い込みが激しく、せっかちで、神経質で、ケチな人だった。
名前をOさんという。

Oさんとぼくは家が同じ方角にあったので、出勤時にいっしょになることが多かった。
いつだったか、駅を降りてから、会社に向かっている途中、突然Oさんが大声を上げた。
「5千円札が落ちとるっ!」
そう言うなり、Oさんはすばやくそのお金を拾った。
そして、Oさんは「やったー、5千円拾った。しんちゃん、おれが見つけたんやけね。おれのやけね」、と人目もはばからず、大きな声で言った。
ぼくが「Oさん、一応警察に届けたほうがいいんやないんね」と言うと、Oさんは「何言いよるんね。おれが拾ったんやけ、おれの金たい!」と言って憚らない。
あいかわらず、「やった、やったー」と大騒ぎをしているOさんを見て、ぼくは恥ずかしくなり、Oさんと少し距離を置いて歩いた。
それでもOさんは、「いやー、しんちゃん。今日はいい日やねえ。奢ってやるけね」などと話しかけてくる。

この人からおごってもらっても、何も嬉しいことはない。
それ以前に一度、Oさんからカップのコーヒーをおごってもらったことがあるのだが、その時は「今日は奢ってやるけね」と恩着せがましく言われ、迷惑したものだった。
ところがその翌日、「しんちゃん、昨日コーヒー奢ってやったよね。今日奢って」と言ってきた。
こういういきさつがあったので、Oさんから「奢ってやる」と言われると、あまりいい気持ちはしなかった。

会社に着いてからもOさんは、「5千円拾ったちゃね」と、会う人会う人に自慢話をしていた。
誰もが「ふーん、よかったね」と軽く流していたが、舞い上がっているOさんは、そういうふうにあしらわれていることさえ、気づかなかった。

ぼくたちは、このOさんのことを、「シンケイ」と呼んでいた。
仕事中にいつもピリピリしていたからだ。
とくに万引きには神経を尖らせていた。
この人は、学生はすべて万引きだと思っていたようだ。
学生が来ると、いつもぼくのところに来て、「しんちゃん、間違いない。あいつらやるよ」と言っていた。

一度、「こらー」と大声を上げて、エスカレータ-を駆け上がって行ったことがある。
学生を追いかけて行ったのだ。
Oさんは4階まで学生を追って行き、「出せ!」と怒鳴った。
学生は「何も盗ってないですよ」と言って、上着を脱いで見せた。
が、何も出てこない。
Oさんは、土下座して「おれを殴れ!」と言ったそうである。

昭和59年3月、そのシンケイOさんの下に、一人の新入社員が配属になった。
名前を『ミエコ』と言う。
「少し太めで、素朴な感じのする女の子」
これが、ミエコの第一印象だった。


【2】
ミエコが入社して、一ヶ月ほど経った。
その頃からOさんは、「ミエコはだめだ」と頻繁に言うようになった。
ぼくが「素直でなかなかいい子やないね」と言うと、Oさんは「いや、あいつは仕事をしきらん」と言う。
他の売り場のことなので、ぼくはそれ以上口を挟まなかったが、『どうせまた、シンケイの思い込みやろう』と思っていた。

ある日のこと、ぼくが売場のカウンターの中で電話をしていた時に、「ダダッ」という音がした。
気がつくと、ミエコが横に立っている。
ちょっと様子が変だったので、早めに電話を切った。
「ミエコ、どうしたんか?」
「・・・」
「どうしたんか!?」
「シ、シンケイが・・・」
「シンケイがどうかしたんか?」
「シンケイが、シンケイが」と言うと、「フッ」と声とともに座り込んで泣き出した。
「シンケイに何ち言われたんか?」
「・・・」
ミエコは何も答えずに、ただ泣き続けるばかりである。

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10月14日(火)
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