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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いいんだぜ/映画『オペレッタ狸御殿』
 あまり何やらの会員になったりするのは好きではないのだが、演劇関係となると話は別で、実はここ数年すっかり気に入ってしまった劇作家兼演出家の「G2」さんの(「さん」を付けないと、とても人の名前だとは気がつかれないね)「G2プロデュース」のホームページに会員登録をしている。
 月変わりのDVD販売も楽しみなのだが、毎月の特集記事が充実していて、更新が待ち遠しいのである。

 今月は何と中島らも一周忌特集。
 G2さんの語る「らもさんの思い出」が、語ってるG2さん自身がらもさんの優しさを思い出しながら泣いていて、それを読んでるこちらも自然と泣けてくる。

>(G2)らもさんはメチャクチャをするので、わかりにくいけれど、根はものすごくいい人でね。たとえば劇団の打ち上げでアンケートの読み合いっこをしたときに、誰かの失敗に突っ込んだのは、おもしろいから読まれるんです。でも、誰かが落ち込むようなのが読まれると、らもさんは、その人をほめるようなアンケートを探して、さりげなく読む。それもちゃんと笑いもとったりしながらね。そういうふうにして、人が傷つくことを、すごく避ける人でした。
>それが「いいんだぜ」というその曲に出てるんです。「いいんだぜ、いいんだぜ」の繰り返しのあとに、「君がめくらでも、君がびっこでも」と放送できないような言葉ばかりがずーっと続いて、最後に「いいんだぜ」で終わる。それだけの歌だけど、ものすごい深い愛を、ものすごい汚い言葉を並べて表現している。それを聴いて、一緒に行ったキッチュも泣いてました。

 どんなに大らかに生きているように見える人でも、心のどこかに何かの「傷」を持っているものだ。だから人はその「傷」を人前にさらすまいと、身の周りに幾重もの「盾」を「構えて」生きようとする。そうするしか仕方がないのだが、そうやって傷を守るために構えた「盾」だって、決して傷つかないわけではない。構えれば構えるほど、外界からの攻撃が増すことだってあるのだ。
 いつかその「盾」はボロボロになり、剥き出しになった心は、深く、これ以上はないというほどにズタズタにされてしまう。そうなってしまった人をどうしたら救えるだろうか。「頑張れ」とか「大丈夫」とか、生半可な言葉は絶対に届かない。「癒し」なんて流行語は屁の役にも立たない。けれど、らもさんの言葉は、そういう人たちにもちゃんと届いていたと思う。
 『いいんだぜ』の歌詞はこんなだ。

 >いいんだぜ いいんだぜ
 >いいんだぜ いいんだぜ

 >君がドメクラでも ドチンバでも
 >小児マヒでも どんなカタワでも
 >いいんだぜ

 >君が鬱病で 分裂で
 >脅迫観念症で どんなキチガイでも

 >いいんだぜ

 >君がクラミジアで ヘルペスで
 >梅毒で エイズでも おれはやってやるぜ
 >なでてあげる なめてあげる ブチ込んでやるぜ
 >君がいいヤツで だからダメなヤツで
 >自分が何をしたいのか 全然わからなくても

 >いいんだぜ

 >君が黒んぼでも 北朝鮮でも
 >イラク人でも 宇宙人でも
 >いいんだぜ おれはいいんだぜ
 >HEY’BROTHER&SISTER
 >君はどうだい

 >いいんだぜ

 いちいちどこがどう泣けると説明しだしたらキリがなさそうなのでやめるが、一つだけ言わせてもらえるなら、「いいんだぜ」、であって、「いいじゃないか」ではない点が、とてもいい。
 「いいじゃないか」と主張する歌はいくらでもある。本人は差別も偏見もない態度のつもりで悦に入っているのだろうが、それはとんだ間違いで、本気で自分に「傷」があっても「それでいいのだ」と肯定しているわけではない。単に開き直って、自己弁護の自己陶酔に陥っているだけである。
 それに対して、らもさんの「いいんだぜ」は、本気で人間を等しく全肯定している。「いいんだぜ」という言葉は、上の立場から見下ろしているわけじゃない。同じ立場の人間として、いや、“人間はみなダメだからいいんだ”という人間観で、“みんなを愛している”のだ。だから、らもさんの言葉が心に届かないことはない。

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06月01日(水)
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