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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■たらいまわしの私/『DEATH NOTE(デスノート)』6巻(大場つぐみ・小畑健)
 新しい職場であるが、これがやたらだだっ広い。昨年度までの職場と比べると、多分三倍はある。それくらい広いとなると、どういう現象が起きるかというと、社員の誰かに内部のことについて聞いても、「よく知りません」という返事が返ってくるのである。
 いやまあ、新しくあれやこれやとやんなきゃならない仕事が増えたものだから、どこの部署に行けばいいかと、人づてに聞いていったのだが、これがサッパリ要領を得ないのだ。
 「ああ、それなら○○課の○○さんに聞いてください」
 「それは私よりも○○課の○○さんのほうが分かると思いますよ」
 「いや、私はよく分かりませんねえ。○○課の○○さんなら分かりますよ。ええもう絶対」
 「いや、私にそんなこと聞かれても」
 ……どないせえっちゅうねん。
 郊外の支社だというのに、前の職場よりも○○課だの○○課だの、十も二十も部署が分かれてるせいでこんなことが起きるのだが、まるで黒澤明の『生きる』の冒頭シーンそのまんまである。……ってよう、社内にいる人間が苦しめられるシステムって、いったいどうなってんだ。なんだか今度の職場もいろいろ苦労しそうではある。


 博多駅でしげと待ち合わせ、新しく定期券を購入。転勤で何かと物入りになってしまったので、実は私の小遣いはもうない。映画にも行けないが、それどころか定期券も買えそうになかったのでしげから借金したのだ。情けない話であるが、もともとはしげが仕事を辞めて実入りが減っちまったので、そのしわ寄せが一番大きい。
 何にせよ、予定外の出費でオロオロしている状態なので、セールスとか宗教とか、私に金目当てで近づいたりしないように。無い袖も襟も裾もスカートも振れんわ。こないだからひっきりなしに「マンション買いませんか?」なんて電話がかかってくるんだけど、私の職業までちゃんと知ってるし、個人情報流してるのはどこのどいつだ。


 食事は博多駅の「吉野家」で、二人とも牛焼肉丼。
 安上がりだし、誘ったのは私なのだが、「そんなに吉野家が好きか」と言われてちょっと怒る。しげが肉好きなのはビョーキだから仕方がない面はあるのだけれど、「高い肉の店」ばかりに行きたがるのは、経済的なかなり苦しいのである。「ウエスト」だろうが「牛角」だろうが、チェーン店でも焼肉屋は結構高くつく。二人で3000円、4000円は普通だ。その点、牛丼屋なら牛皿とかを余計に頼んでも2000円以内ですむ。
 今日もしげは「選べるのが牛丼しかないのがイヤ」なんて糞贅沢なことをほざいていたが、「吉野家」には豚丼だって鶏丼だってあるのだ。しげの脳内では「牛丼屋=しみったれた貧乏人が食いに行くところ」という牛丼屋好きが聞いたら激昂しかねない図式が出来上がっていて、いくら違うといっても聞き入れようとしない。いかにもうらぶれたサラリーマンとかオタクっぽい学生とか薄汚れたジャンパー着たガテン風のおっちゃんとか、居酒屋に行けよお前、みたいな下賎の民が集う場所だと思い込んでいて、それで食わず嫌いになっているだけなのである。でもなあ、そんなふうに偏見の目で見ているお前自身がなあ、紛うことなき「貧乏人」の一員なんだよ。
 いい加減で現実を認識しろよってことで無理やり牛丼屋に連れて行ったのだが、私の肉を分けてやったらやっぱりがっつくように汁も残さず食い尽くしたのである。庶民の口には充分美味いぞ吉野家の牛焼肉丼。
 ついでに言うが、ファーストフードの店だって、我々貧乏人は、本当は「モスバーガー」とかに寄っちゃダメなのである。「ロッテリア」でギリギリ、「マクドナルド」の「チーズバーガー」で充分贅沢。そういう感覚でいてもらわないとなあ。


 マンガ、大場つぐみ原作、小畑健漫画『DEATH NOTE(デスノート)』6巻(集英社)。
 こないだ鯨銃一郎の『新・世界の七不思議』を読んでいたら、何の説明もなく「デスノートに名前書くぞ」という台詞が出てきて驚いたが、ミステリマニアの世界でも、本作は「基礎教養」として認知されているのだ。

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04月04日(月)
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