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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■宮崎駿監督、栄誉金獅子賞/映画『きみに読む物語』ほか
仕事中、しげからしょっちゅう「ダンスのこと聞いてくれた?」とメールが来る。
一応、話を持ちかけて来た同僚に聞いてみたのだが、びっくりして笑われて「わかりません」と言われてしまった。ま、それが当然の反応だろう。
迎えに来たしげにその旨を伝えたのだが、それでも一向に納得しようとしない。それどころか「ダンスの振りつけも考えたのに」なんて言う。だから振り付け考えるのも踊るのもウチの会社の者なんで、お前は無関係なの。なんでそれが理解できないかなあ。
帰宅して休憩したあと、ダイヤモンドシティへ映画を見に行く。
少し早めに出かけて、私は「フタバ図書」で本を物色、しげはゲーセンで「クイズマジックアカデミー」に熱中。
映画が始まる前に軽食でも取ろうとフードコートで待ち合わせをしていたのだが、時間になってもしげが来ない。携帯で連絡入れても来ない。日頃こちらが時間に遅れそうになるとツノ出して怒るくせに、自分がゲームにハマると「まだ途中だから」とか言ってんのである。「約束の時間守れないならゲームなんかするな!」と怒って、しげのために買っておいたタコ焼きを一人で全部食った。守れる約束を守らなけりゃ怒られるとわかっててなぜ破るか、馬鹿に何言ったってムダなのかよ、やっぱり。
そういうわけで、しげには「マジアカ禁止令」出しましたので、カトウ君もよしひとさんも、しげをマジアカに誘うのは遠慮して下さい。ほかにも時間かかるゲームは全て不可です。
ワーナーマイカル福岡ルクルで映画『きみに読む物語』。
原タイトルが「The Notebook」。そのまま日本語に訳せば「帳面」(^_^;)。「きみに読む物語」という邦題は実に見事、と言っていいのではなかろうか。でもいかにも「純愛ブーム」に乗った印象もあって、実はそんなに好きじゃない。
しげがこの手の恋愛ものを見に行きたいと言ったのも珍しいことなのだが、やっぱりアルツハイマーの恋人の記憶を取り戻させようと老人が懸命になってかつての自分たちの物語を語っていくというコンセプトに惹かれたのだろう。
要するにこれまでにも何度となく作られてきた「記憶喪失を取り戻させる」ってパターンの一つの映画で、そこに「アルツハイマー」って設定を持ってきたことがミソなわけで、つまりは基本的に「老人性痴呆は治らない」という前提があり、だからこそそこに「奇跡」を演出する余地があるのである。
けれど、いつぞや下半身不随のクリストファー・リーブが車椅子から立ち上がるCGのCMを流したら、「同じ症状の患者に無用な期待を与える」と非難されたように、「アルツハイマーも治るのだ」と安易な期待を患者さんたちに与える危険性があるということを考えると、この映画、そんなに手放しで誉めるわけにはいかない要素が多分にあるのだ。本当にアルツハイマーという病気と向き合うのなら、「記憶をなくしてしまってもう二度と戻ることのない相手といかに人間として関係を作っていけるのか」というテーゼについて考えざるを得なくなるはずなのだが、その視点がこの映画には全く欠落しているのである。
つまりは全編キレイゴトなわけで、そりゃユメだけ見てたい気持ちも分らないではないけれど、だからと言ってそんなに人間のキタナイ面は見たくないのか、それで人間ドラマなんて作れると思ってんのかよ、ふざけんじゃないと、製作者に説教したい気分にすらさせられてしまったのだ。まあそんなことはしないし、できる機会もないけど。
しかしそういうコンセプトの映画なら、物語のメインは物語を語る老人のほうに傾かなきゃウソなわけで、それが延々だらだらと若いときの回想シーンが殆どを占めるってのは何なんだろうなと思う。お定まりの一目ぼれ、お定まりの親の反対、お定まりの別れ、戦争、お定まりの再会、お定まりのライバル出現などなど、陳腐な展開ばかりが続く。しかもこれがまた実に主人公たちに優しく都合よく展開するんだから、なんてまあ苦労知らずで幸せな人生送ってんだろうなあと鼻白む気分にさせられてしまうのだ。
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02月10日(木)
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