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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■橋本幸治監督、死去/舞台『エデンの南』ほか
 昨日放送されて、録画しておいたNHK『深夜劇場へようこそ』枠の舞台『エデンの南』を見る。
 橋本二十四脚本、山田和也演出という、つまりは昨日見たばかりの『大騒動の小さな家』と同じコンビの作品なのだが、キャストも西村雅彦、雛形あきこ、高橋ひとみ、袴田吉彦、渡辺哲と、殆ど同じである。『エデン』は2002年の公演で、以前もテレビ放送されている。となるとこの芝居、かなり評判を呼んで、その流れで『大騒動』も製作されたとおぼしい。……けれどやっぱり『エデン』もそんなに面白くはないのである。
 嵐で潰れたリンゴ園の従業員たちが、新生活を探して南に旅に出る、そこまでの設定は強引ではあるけれども面白くはある。けれど、行く先々でバイトをしながら新生活に飛びこもうとして飛びこめずに終わるその過程、これが『大騒動』同様、やたらセリフが饒舌なだけでたいした事件もなく退屈で仕方がない。脚本が面白くなりそうで面白くならない、役者の未熟な演技の方が目につく点まで同じなのである。
 思うに、この『エデン』が「そこそこには面白かった」のがよくなかったのではないか。舞台を評価する場合、必ずしも演劇としての完成度が高くなくても、そこに「これから伸びる」要素が感じられれば、期待度を含めて誉めることはよくある。『エデン』も、設定だけなら「面白くなりそう」なのだ。そこを誉められて、脚本、演出、キャストが「勘違い」してしまったのではないか。「このままでいいのだ」と。
 『大騒動』は『エデン』から一歩も先に出るものではなかった。昨日の芝居のラストで、「『大騒動の小さな家2』に続く」とテロップが流れたが、本気で『2』を作るつもりなら、「設定だけでは芝居はできない」ことを誰か橋本さんや山田さんに言ってやる必要があるのではないか。でないと、山田さんが解説で語っていた理想、「芝居が観客を育て、観客が芝居を育てる」状況など、百年経っても生まれようがないと思うのである。

 夕方から寝ていたしげを起こしてお出かけ。
 「ヤマダ電器」でDVDの予約をして、「牛角」で食事。それからキャナルシティへ。
 先日の公演の手伝いをして頂いた富田さん、堤さんの劇団「改FREE’S」の第3回公演を見に行ったのだが、困ったもんで、今回もある事情で公演タイトルや内容を紹介できないらしい(^_^;)。ある程度は具体的なことを書かないと、感想も批評のしようもない。せいぜい「面白いところもあった」くらいしか書けないのである。今後も公演があればぜひ見に行きたいし(公演中、堤さんには流し目頂いたし)、具体的なことが書けるような状況を作って頂きたいものなのだが。


 帰宅して、カートゥーンネットワークで『魔探偵ロキ』『LAST EXILE』の第二話。すごくいい出来とまでは言わないけれども、この2本はそれなりに見続けて行けそうである。本も何冊か読んだが、また長くなるので省略。だから一日にあった出来事を全て書いてくことなんて不可能なんだってば。


 映画監督の橋本幸治氏が、昨9日、心疾患のため死去、享年68。
 つい先日、NHK『さらばゴジラ』に出演されているのを拝見したばかりだった。いつごろ撮影されたものかは分からないが、あれが最後のインタビューだったのか。
 長い助監督生活を経て、『さよならジュピター』で監督昇進、1984年版『ゴジラ』にも抜擢されたにもかかわらず、番組では「『ゴジラ』を最後に引退を決意した」旨のことが語られていた。『ジュピター』も『ゴジラ’84』も、作品としての評価は決して高くない(と言うより誉めてる批評を見たことがない)。ファンの間ではてっきり映画の不出来の責任を取らされて、「干された」のだろうと想像していたのだが、実際には橋本さん自ら、身を処していたのだった。その心情は詳しく紹介されなかったが、推して知るべしというところだろうか。

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01月10日(月)
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