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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ヒミツのハカセちゃん/映画『父、帰る』
 記憶が既にさだかではないが、確か『オバケのQ太郎』かなんかのエピソードで、正ちゃんが「今日は『勤労感謝の日』だから、ママのお手伝いもしなくていいんだ」とか言って、サボろうとして叱れる、って話があった気がする。
 もともとこの祝日は戦前の「新嘗祭」を引き継いだもので、つまりは五穀豊穣を神に感謝するわけだから、別に働かなくていいという日ではないわけだ。
 労働も特にしてないガキンチョどもは、今、こうして毎日メシが食える喜びを感謝して、今日くらいはお父さんお母さんの代わりに家事を手伝ってやるくらいのことはしてもいいと思うんだけど、昔はいくらでもいたそういう健気な子供って、現代じゃもう絶滅してないかね。
 ウチの仕事に家事にサボりまくりの被保護者は今日が何の日かも全然知らんと思う。期待したところで仕方がないと思いながらも、奇跡が起こって「あなた、今日のおかずは○○よ♪」とか言って、料理運んできてくれたらなあとか夢想したりもするのだが、まあ、夢想どころか妄想だろう。ううう(T∇T)。


 休日でゆっくり出来るかと思っていたら、昼からしげがハカセ(穂稀嬢)を連れて来た。
 芝居の小道具の製作の手伝いをさせるためなのだが、だから人を家に呼ぶ前に部屋は片付けておけよって(-_-;)。居間いっぱいに模造紙広げたりするもんだから、脇を通ることも至難の技、あまつさえトイレの前にシーツを広げてその上に絵の具塗ったくって、「踏むと付くよ」って、おまえらはトイレに全然行かんつもりか(+_+)。こっちは最近また血糖値が上がって来て、頻尿になりつつあるってのによう。
 それでも3時くらいには作業もひと区切りついて、穂稀嬢を車で送っていく。
 今度の芝居には「黒子」が多数登場するのだが、その衣裳用の端ギレを買いに布屋に寄る。もっとも私は眼が悪いので見立てはできない。ただ付き添ってるだけなので、ちと寂しい。
 そのあと、用事があるという穂稀嬢を某所まで送る。
 「今日はこれから○○○○○○○んだね」とからかったら、穂稀嬢、「いえ、あの、その」としどろもどろになった。うら若いムスメを冷やかして喜ぶとは、中年オヤジはこれだからいけない。でも、困ったことに穂稀嬢って、非常識を寒天で固めて脳ミソとすげ替えたような天然キャラなので、いくらイジッても全然罪悪感を覚えないのである。そうかー、ここが穂稀嬢の○○○が○○○○○○○○○かあ。なんと○○○○○○○○○○○○○○○○○じゃん!
 まあねー、別に悪いことしてる訳じゃなし、どこで誰と会うのか、別に隠さんでもよかろうとは思うのだが、こういうことは温かく見守るのがよろしかろうと思うので、あえてヒトと場所は秘するのである。……ってバレバレやがな(#^_^#)。


 そのあと天神に回って、KBCシネマで映画『父、帰る』。
 しげがやたら見たがっていたけれども、一日一回の上映で、しかも早朝興行が多かったので、これまで見る機会を逸していた。それが今週になって夕方5時からの上映に切り替わったので、ようやく見に行けるようになったのである。
 ロシア映画を見ることはそうそうないので(これまで見た映画の中でパッと思いつくのは『戦艦ポチョムキン』『イワン雷帝』『惑星ソラリス』くらいのものである)、日本映画などとはかなり肌触りが違うだろうなあ、もしかしたらすごくつまんないんじゃないかなあ、と心配していたのだが、それは杞憂であった。それどころかこれ、脳天をぶん殴られたと感じるくらいにトンデモナイ映画であったのである。
 描写は実にリアルであり、凝ったアングルもなければコケオドシのモンタージュやフラッシュバックもない。もちろんCGなんかも一切使っていない。カメラは淡々と出来事を追いかけていくだけである。しかし、映画を見終わって気付くことは、物語が何も語ってはいないという衝撃の事実なのだ。
 母子家庭の兄弟のところに、ある日突然、父が帰ってくる。父は兄弟を旅に連れだし、ある無人島へ渡る。兄弟は突然の闖入者である父の存在をどう受け入れてよいか分らず困惑するが、父は島で事故にあって死んでしまう。

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11月23日(火)
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