ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491675hit]

■灯台下暗しと大正デモクラシーって似てるね(c.きたろう)/『キム・ポッシブル:タイムトラベル』
 しげは今日の午前中、細川嬢と公演会場のアクロス福岡に、照明その他の打ち合わせに出かけていた。メールで「担当さんに親切にしてもらえた」旨、連絡が入っていたから、準備は上々だったのだろう。
 細川嬢には照明だけでなく、全体美術も担当して頂くことになっているので、かなり仕事の負担は大きいのだが、話に聞くところによると、デザイン方面の仕事を目指しているそうで、本格的に取り組んでくれているそうである。先日見せてもらった照明プランもなかなかのものであったし、全く頼もしい限りなのであるが、そうなるとその分欲も出てきてしまって、演出上の要求も今まで以上にしたくなる。愚痴を言うわけではないが、スタッフ不足、キャスト不足だと、必然的にあのプランも諦める、これも諦めると妥協しなきゃなんなくなることも多いので、恐る恐るではあっても「こんなこと言っても大丈夫かな?」と思える状況は嬉しいしありがたいのだ。途端に「こんな演出はどうかあんな演出はどうか」とアイデアがいろいろ浮かんでくるのだから、やはり芝居にスタッフの熱意とやる気は必要不可欠なのである。
 アクロスの担当者さんに、舞台専門の布や衣料を販売している会社があると聞いたというので、仕事帰りにしげと寄ってみる。なんと自宅から目と鼻の先、車で5分とかからぬ距離の場所にあった。てゆーか、いつも買い物してる「ポプラ」のハス向かいにあるし。「灯台下暗し」とはこのことである(~_~;)。事務所自体はもう締まっていたので、しげは「そのうち昼間覗いてみる」と言う。アクロスは円形劇場なので、役者のデハケが難しい。幕を吊るして袖を作る予定だそうで、細川嬢にもデザインを考えてもらっているとか。いかにも幕を下げました、という感じじゃなくて、それが一つのデザインとして機能しているような感じにしてもらえるといいなあ。いや、実際これまで「美術」はうちの劇団のネックになっていたので、そこが補強できるというのはまさしく朗報なのである。


 帰宅して、日本映画専門チャンネルで録画しておいた映画『黒蜥蜴』を見る。
 京マチ子・大木実主演の大映版だが、ミュージカル仕立てになっているので、珍品扱いされることも多い。けれど、それはもともとこれが江戸川乱歩の原作からの直接の映画化ではなくて、三島由紀夫脚色の舞台の映画化であるからで、セリフや演技の臭さは同じ戯曲をもとに映画化した丸山(美輪)明宏・木村功主演の松竹版でも“違和感”はあったのだ。これをバカ映画扱いするなら、『サウンド・オブ・ミュージック』も『ウエスト・サイド物語』もバカ映画である。なんでもかんでも我田引水的に面白がろうとする風潮に乗っかると、映画の本質を見失いかねない。この映画を批判するなら、舞台劇を映像化する際のポイントを外している点、京マチ子はともかく、大木実や川口浩あたりの役者の「舞台演技」が今一つ板に付いていない点や、カット割りやカメラワークに切れがない点とかを指摘した方がいいんじゃないかと思うんだけどな。ミュージカルの映像化には「空間」が撮れていることが必須なのだが、それが不充分なのである。

 ディズニーチャンネルで『キム・ポッシブル:タイムトラベル』。
 昨年放映されたテレビスペシャルの長編。こういうのはたいてい主役の過去とかが明かされたりするものだが、まさに定番通り。ドクター・ドラッケン&シーゴー、ダフ・キリガン、モンキー・フィストの3悪プラス1が手を組んで過去にタイムスリップ、4歳児のキムを苛める展開。このとき3悪が自分たちも幼稚園児に変身するのがこいつらのおおマヌケなところ。大人のままで苛めるか殺せばいいのに、そんなこと思いつけないのである。助手の身に甘んじているホンモノの悪・シーゴー姉さんだけが歯噛みしてるのだけれども、これが伏線となって後半の展開に関わっていく構成がうまい。やっぱり悪役の中での一番人気はクール・ビューティーなシーゴー姉さんなのだなあ(* ̄∇ ̄*)。

[5]続きを読む

11月05日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る