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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■博多人のワルクチ
カメを飼い始めてから、ネットで「カメの飼い方」を紹介しているサイトなんかも回るようになってしまったのだが(全く、ネットさまさまだ)、どこのサイトでも最重要事項として書いてあるのが、「カメを捨てないで下さい」……。
父に聞いた話だが、御笠川にも捨てられたミドリガメがウヨウヨいるらしい。カメが好きで飼い始めたはいいものの、持て余して捨てる糞野郎が後を絶たないのだろう。もちろんそのせいでもともとの生態系も崩れてしまう。「命の大切さを教えるために、動物を飼うことも大切」とかほざいてる馬鹿親もいるが、そりゃ最後まで面倒を見る覚悟があってこその言葉だ。たいていの動物はすぐに病気になる。その途端に「命の大切さ」はどこへやら、病院にかけるとカネがかかるとばかりに放置し、死なせたりする例がどれだけあることか。
母は生前、犬を飼っていたが、年を取って(たしか18歳か19歳くらいだったと思う)病気になって死ぬまでの間、何度も動物病院に連れて行き、湯水のようにおカネを使った。全部私の給料から出してたんだけど(⌒―⌒メ) ……いや、頼まれたら断れねえし。
でもまあ、その程度のことはするのが普通である。ペットショップやホームセンターに通うようになって、動物を飼いに来る客を見てると、見るからにバカヅラしたガキが、さらに輪をかけたようなバカオヤと「カメ飼ってよう、飼って飼って飼って」「うるせえな、ちゃんと世話するか?」「するよう、するするする」「しなかったら捨てるけどいいか?」「いいよう、捨てても」とか会話してるのを聞くと、オマエらを簀巻きにして川に捨てたろか、という気になってしまう。……頼むから、最初から捨てること前提で動物飼うのはやめてくれ(T.T)。
なんだかねえ、「かわいいから」だけで飼って飽きたから捨てるっていうんなら、椎名高志さんのマンガにあったように、「人間のしもべ、哀れで惨めな犬っころ」と名前をつけて飼い続ける方がよっぽどマシだと思うのである。
しげは、「愛人二人と一緒に暮らしてるみたいなもんじゃん」と文句を付けるが、愛人がカメに勝てるか!
盆休みの間は毎日、玄武と竜宮を洗面器に移し換えてベランダに出し、30分ほど日向ぼっこをさせているのだが(紫外線を浴びることでビタミンD3を体内で作り出し、甲羅を丈夫にする働きがあるのだそうな)、盆が明けると週に一度しかこれが出来なくなるのが現在の悩みである。
夕方、父としげと寺を回って、そのあと父のマンションで迎え火。
しげはこないだ買った浴衣を着ていったのだが、父はかわいいねとも見違えたねとも言わない。博多の人間は身内を一切誉めないものだが(それどころか貶しまくるし、誉める人間はウソツキ扱いされる)、もちろんそれは愛情がないからではない。極端な照れ屋であるか、見え透いたお世辞が大っ嫌いなのだと思って頂きたいが、あまりに悪し様に言うものだから(ゴクツブシとかバカアホマヌケは日常語である)、この人は本気で自分のムスコやヨメのことを嫌っているのだろうか、と他地方の人に錯覚されることもしばしばなのである。でも私に言わせれば、ヨソから博多に来ておきながら、その土地の風俗に文句をつける方がどうかしている。関西に行って、「どうしてコイツら関西弁ばかり喋ってるんだ」と文句つけるようなものだ。
母は生前、父のことをもう人間のクズのように言っていた。私も「人間がイヤラシい」とか「女の腐ったの」とか「××××」とか、散々聞かされたものである。父もまた母のことを「所詮女はバカ」とか「ヒステリー」とか「××××」とか、フェミニストが聞いたら激怒するようなことを平気で喋っていた。夫婦喧嘩も日常茶飯事である。喧嘩の原因には、父の浮気もあったようだ。
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08月13日(金)
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