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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■湯浅憲明監督、死去
 今年一番の猛暑。どこぞでは39.5度を記録したとか、40度を越えたところもあるとか。
 福岡でも、街を歩くとあちらこちらで、体力のない女子供や老い先短い老人が熱中症で倒れ伏している(嘘)。

 こういう暑い日には訃報があるんじゃないかと危惧していたら、やっぱり「昭和ガメラ」の湯浅憲明監督が物故。でも亡くなってたのは6月14日のことであった。死因は脳梗塞。享年70。
 発表がここまで遅れた理由はよく分らないが、「葬儀は近親者のみでおこなった」と記事にあるから、多分、ご本人のご遺志だったのだろう。
 「昭和ガメラ」シリーズが終了して30年以上、テレビの『コメットさん』や『刑事犬カール』『ウルトラマン80』などから数えても何十年もの間、映画、ドラマから離れていたわけだから(いやまあ、『コスプレ戦士キューティナイト』の監修とかあるけど)、実質的には引退状態だったのだろうが、不思議なことにそんな印象がない。なんだかつい最近も映画を撮っていたような気すらする。それだけ、私たち「ガメラファン」の心の中に、湯浅監督が「今も」生きていたということなのであろう。

 「私たち」と書いたが、40代以上で自分のことを「ガメラファン」だと自信を持って言い切れるファンがいったいどれだけ生き残っているのだろうか。「平成ガメラ」ファンではない、「昭和ガメラ」ファンの、である。
 東宝の「ゴジラ」シリーズに比べて、大映の「ガメラ」シリーズはどうしても後発ゆえの謗りを免れず、「ゴジラよりもガメラのほうが好きだ」と言えば、かつては(今でも)いっぱしの特撮ファンから鼻であしらわれたものであった。いわく、「特撮がチャチ、金がかけられていない」「ストーリーが子供向け、子供騙し」「そもそもカメが空を飛ぶってだけでお笑い」……それを言うかな。
 ともかくゴジラシリーズに比べれば、子供向け路線が露骨だったのが「オトナ」から見れば「馬鹿馬鹿しい」と捉えられていたのだろう。なんたってガメラは「子供の味方」である。なんであんなドデカイ怪獣が子供にだけは味方をしてくれるのか、リクツを考えていけば確かにオカシイのだが、しかし、それを当時子供だった我々は別にツッコミもせず素直に受け入れていた。設定のチャチさに気付いていなかったのではない。チャチであろうと、その設定の魅力が子供たちの心を捉えて離さなかったのだ。テレビの特撮番組で、ピアノ線を発見して笑っていた子供たちも、ガメラには不平を言わなかった。ディテールに突っ込むのとはわけが違う。「子供の味方」であることを否定することは、ガメラの存在自体を否定することになる。自分の友達を否定できる子供など、誰がいるだろう?
 我々は『ガメラの歌』を、『ぼくらのガメラ』を、『ガメラマーチ』を本気で歌った。『ゴジラマーチ』は誰も本気で歌わなかったのにである(いや、一応こっちも歌いはしたけど)。

 ガメラは子供にしか分らない友達だった。もっと具体的に言えば、「孤独な子供」にとっての友達であった。ガメラシリーズでガメラの「友達」に選ばれる子供はほんのひと握りであり、それも子供たちのグループからはどこか外れた、「規格外」の子供たちである。核家族化が進み、「鍵っ子」が社会問題化していたあの時代、「村八分」な目に合っていた子供たちは多かった。怪獣ファン、アニメファン、そういう子供たちは確かにたくさんいたが、中でもガメラが一番好きだ!と断言できる子には、「のび太」のような「いじめられっ子」が多かったのではないか。その意味でガメラは「座敷わらし」と同じく、「ある特殊な子供にしか見えない」民俗なのである。我々は座敷わらしの伝承は失っていたが、代わりにガメラを得ていたのだった(今の子にとっては、これが「トトロ」あたりになるのだろう)。
 だからこそ言えることがある。

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07月20日(火)
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