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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタクでなくとも旧作は見よう。
 こないだダイヤモンドシティに行った時に、冷風機を買ったのだが、しげの寝部屋に設置されたそいつの恩恵に未だあずかっていない。居間にも一応、クーラーがあることはあるのだが、長年フル稼動させてきたせいで、「効き」がイマイチなのである。

 今日も残業。予定されてた居残りで、トンガリさんとも関係がない仕事なので特に文句はないのだが、昨年よりいくつかの役職から解放されているというのに(別に降格されたわけではない)、仕事自体は増えて残業する日が連日、というのは納得がいかないのである。ともかく雑事が増えたね。私の仕事は基本的に立ち仕事なのだが、ここんとこ、パソコンに向かって座ってる時間の方が長いのである。そのうち本業が何か忘れちゃうんじゃないか。……ちょっと忘れたいかな(T∇T)。


 『特撮エース』No.4、実はそんなに熱心に読んでるわけじゃないんだけど、もう4冊目も買ってしまいました(^_^;)。『ウルトラマン THE FIRST』もどうもねえ。
 どっちかと言うとコラムとか記事が楽しみで読んでるところがあって、とり・みきさんの『とりが見た!』なんか、実にイイコトを言ってくれている。「2004年というのは、後年、語り継がれる年になるかもしれない」というのは今現在でも強く感じるところである。特撮系で『CASSHERN』『キューティーハニー』『ハットリくん』『ローレライ』『鉄人28号』『デビルマン』『ゴジラFINALWARS』、アニメで『イノセンス』『スチームボーイ』『ハウルの動く城』と大作、話題作がつるべ打ち、なんて年は空前絶後だ。もちろん、その出来云々について、「ちょっとどうもな」と思う面がないわけではないが、『CASSHERN』や『ハニー』にしたところで、映画スノッブや自称「濃いオタク」が貶すほどヒドイ出来、というほどのものではない。『ハニー』はともかく(^_^;)、『CASSHERN』のヒットが「宇多田夫効果」だけではないことは確かだ。
 とりさんが書かれている通り、じゃあ、我々がかつて見てきた特撮、アニメが現在の作品よりはるかに優れていたかというと、そんなことはない。『ゴジラ』第1作にしたところで、人間ドラマ部分の絵作りは、旧来の日本映画に多かった単調で古色蒼然とした正面バストアップの切り返しが多く(小津安二郎かい)、特撮部分と比較した時の違和感は拭えない。バストアップは「人間」を描くには効果的だが、怪獣映画は基本的に「世界」を描くものであるから、「人間」はジャマになることがしばしばなのだ。宝田明と河内桃子と平田昭彦の三角関係は要らなかったと思う。芹沢博士が犠牲になる理由はそれがなくても成立するし。
 「怪獣映画にも人間ドラマを」というのは、オタクのくせに一般作品だのゲージュツ作品だのに対するコンプレックスがあるものだから、自分の好きな作品であるにもかかわらず、堂々と誇りを主張することのできない根性なしのタワゴトに過ぎない。怪獣映画だからと言って、人間描写が不自然であってはならないのだが、人間をドラマの中であえて機能させる必要はないのである。他のシリーズとは一線を画する第1作にすら、その「腰砕け」は見受けられるから始末に悪いのである。
 シネマスコープになってからはそのあたりの違和感は軽減したが、今度は脚本自体がどんどんおちゃらけていった。『三大怪獣』もなあ、あのラストのゴジラ・モスラ・ラドンの会話さえなけりゃあなあ(~_~;)。正直な話、ゴジラシリーズを、今まで全く怪獣モノを見たことがない普通の若い人に「見ろよ!」と勧める勇気は私にはない。恥ずかしいからではなくて、マトモな感覚の持ち主ならばあんなのがツマラナイのは当然だからである。馬鹿馬鹿しさ、つまらなさの楽しさを喜ぶ感覚(馬鹿にして楽しむのではないぞ)がなけりゃ、怪獣映画のようなイロモノ・ゲテモノを楽しめるはずがないのである。
 平成シリーズ以降は、またぞろ沢口靖子や峰岸徹や土屋嘉男や阿部寛に(この役者さんたち自体は好きなのだが)ヘボな演技をさせて、せっかくの怪獣映画をだいなしにしてくれていたが、怪獣だけでドラマを作ることができない製作者たちの力不足なのである。人間はせいぜい怪獣バトルをお膳立てする程度のただの傍観者でいいんだってば。

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07月13日(火)
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