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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■人生と恋愛と演劇について考えた日(^o^)/松本清張映画特集と「PA!ZOO!!」公演『はなめがね』
 昨日見た『球形の荒野』が気に入らなかったので、ビデオ録画してあったテレビ版の『球形の荒野』を見返してみる。映画版は昭和50(1975)年製作だが、テレビ版は6年後の昭和56(1981)年に「火曜サスペンス劇場」枠で放映されたもの。時代設定は、映画は原作通り昭和36年だったが、ドラマ版は昭和42年に変更。できるだけ現代に近づけて、しかも「戦後秘録」としての原作の精神を生かすとすればこれが限界だろう。監督は恩地日出夫で、主役の野上久美子が映画版と同じく島田楊子。同じ役を2度演じることになるとは本人も思ってなかったろうなあ。映画版に負けじとばかりにキャストも超豪華で、三船敏郎、中村雅俊、香川京子、池部良、高橋昌也、西村晃、柳生博、荒木由美子、本間優二、それに特別出演が原作者松本清張。出来もこっちのほうがまだ見られるか。情に流された演出でメロドラマに成り果てている点では同じなのだが。でもDVDにするなら、まだこっちの方だろう、という気はするのだけれど。三船敏郎の泣き顔が見られる、というのもなかなか珍しい。


 昼までちょっと仮眠して、しげを誘って、昨日に引き続いて福岡市総合図書館で松本清張特集、『黒い画集 あるサラリーマンの証言』を見る。小林桂樹の小市民ぶりが見事な佳作なのだが、しげは気に入らなかったよう。「バカしか出てこない映画って嫌」と言うのだが、松本清張ってそういう「人間のバカ」を描く作家だから、それ言われてもなあ、とは思う。確かに現代の感覚では「浮気がバレたくないくらいで、ここまで人間、転落しないよな」という感じはするけど、それは「時代」というやつだし。小林桂樹が『夜ごとの美女』の筋を絶叫するラストシーンなどは、清張映画化の中でも屈指の名シーンだと思うんだが。

 ホークスタウンを冷やかしたあと、キャナルシティに回る。
 「ぽんプラザホール」での「劇団PA!ZOO」の二十回記念公演、『はなめがね』を見に行ったのだが、開演の7時まで間があったので、そこのロビーに置いてある演劇関連書を読んで時間を潰す。今はなき雑誌『新劇』のバックナンバーがあって、東京サンシャインボーイズ(もだ「三谷幸喜」の名前はない)の『ショウ・マスト・ゴー・オン』のシナリオが掲載されていたので、それを読む。たしかこれも持ってたはずなんだが、家では本の山の奥に沈んでいる(^_^;)。更に言えば、確実に読んでるはずなのに、やっぱり内容はスッカラカーンと忘れてしまっているのだ。初演版のものなので、私がテレビで見た再演版のものとはストーリー、キャストにかなりの違いがあった。……つか、再演版の方が本に無理があるぞ。女性のキャストを無理矢理男にしていた、なんてところもあったし。キャストにアテ書きする劇団では再演するとかえって舞台がつまらなくなることが往々にしてある。三谷さんが劇団を解散したのは、このあたりにも原因があるのかもなあ、と思う。

 『はなめがね』、新しくできたショッピングモールに圧されて、古い商店街が生き残りを迫られている。その一軒である眼鏡屋が舞台なのだが、跡取り息子は起死回生を狙って青年会の仲間たちと商店街振興のキャンペーンを張ろうと計画している。そのことで保守的な両親と大喧嘩もしたばかりだった。ちょっとトウは立っているが結婚を控えている姉、真面目で心配性の妹、息子に憧れている近所の薬屋や、親友の靴屋の娘、姉に片想いしていた床屋の青年、近所の婆ちゃんなどが入り乱れる中で、ポップでファンキーな「商店街梅雨だからto Youキャンペーン」は着々と進められていくのであった、というお話。
 前説からテンポがよく、舞台に引きこまれていったが、役者さんたちの演技に安定感があるので、安心して見ていられる。欲を言えば、クライマックスになる大きな山がもう一つはほしいところだが(跡取り息子が自暴自棄になってトンデモないことをしでかすとか)、全体の流れに特に無理が感じられるところがないのがよかった。時間が合えば次の公演も見に行きたいものである。


 帰りはまたまたバスの時間が合わず、今日は二人で家までてくてくと歩く。でも舞台の話など、その間、話すことはいくらでもあるので、退屈することはない。

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06月19日(土)
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