ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491678hit]

■回想の『王立宇宙軍』
 ここんとこ、何だか毎日のようにDVD『東京ヴォードビルショー第58回公演 その場しのぎの男たち』を見ている。ただ流しているのではなくて、オーディオコメンタリーで見たり、ダブルキャスト版を見たり(DVDの特典映像で、伊藤博文を伊東四朗さんではなく、山本龍二さんが演じている地方公演バージョンもハイライトシーンが収録されているのである)しているのだが、昨日聞いたオーディオコメンタリーで、佐藤B作さんが、「初演、再演、再々演と行って、再演の時だけ、後藤象二郎役の石井愃一が出演していないが、タイム・ランはほぼ同じ」と言っていたのが気になった。
 で、今朝は以前録画しておいた1994年の再演版をテレビで流し、同時に2003年の最新版をパソコンで流し、同時に見る、ということをやってみたのだ。……いや、ホントにほぼピッタシだったわ (◎_◎;)。再演版はもちろんキャラクターが一人分、少ないわけだけれども、セリフをうまく各キャラクターに配分して、違和感がないように仕立てているのである。その腕前は確かにさすがは三谷幸喜、と感心してしまうのだが、芝居の出来自体は、やはり最新版の方が格段に面白い。伊藤博文と松方正義の間をコウモリのように右顧左眄する後藤象二郎のキャラクターが芝居に深みを与えているばかりではなく、再演版の時はわざとらしさが目立って笑いにつながらなかった各役者の「力み」の演技、これが悉く「上手く」なって、解消されているのである。
 例えば、傷を負ったニコライ皇太子を見舞おうと、青木周三(市川勇)、後藤象二郎(石井愃一)、西郷従道(坂本あきら)の3人がコサックダンスを踊るのを見て、松方正義(佐渡稔)が呆然としながら、「これで戦争が回避できるじゃろうか」と呟いた途端、陸奥宗光(佐藤B作)が「私は戦争の方がいい」と嘆息する間の取り方。タイミングも最新版の方がよくなっているのだが、ただ怒鳴るだけだった再演版に比べて、落胆、憤慨、羞恥、そういった感情がないまぜになって、噛み締めるように呟く最新版の方が、その悲痛さゆえによりいっそうの笑いを誘っているのである。
 芝居はコヤや、当日の観客次第で、いかようにも変わる。やっぱり一度見ただけではなかなか判断が下せるものではない。だから高いとわかっちゃいるけれども、劇場通いがやめられないのである。


 今日は練習に役者さんが二人休むというので、私もちょっと休ませてもらうことにする。先週一週間が冗談じゃなくて目眩がするほど忙しかったので、ひと休憩しないことには身が持たん、と考えたからだ。黒子さん役の人たちは結構集まる、と聞いていたので、お会いしたい気はちょっとあったのだが、そういう事情なのでご勘弁頂きたい。
 その間、本読んだり、日記書いたり、ひと寝入りしたり。メシは朝、昼、晩とも焼きうどん。具はたっぷりのネギと野菜コロッケで安上がり。
 読んだ本、いしかわじゅん『いしかわ式』、マンガ、よしながふみ『愛すべき娘たち』、雑誌のバックナンバーのパラ読みなど。

 練習を終えて、しげが下村嬢を連れてくる。こないだ下村嬢の芝居を見に行って以来だが、相変わらず楽しく遊んでいらっしゃるようだ(^o^)。明日、福岡の方に用事があるとかで、今夜はお泊り。で、ウチに泊まる、なんてことになったら、例えうら若きオトメであろうがあるまいが、当然のごとくDVD責めに会ってしまうのだが、ちょうど私がDVDで角川映画の『人間の証明』を見ていたので(夕べ『2001』を見たので、こちらも見返してみたくなったのである)、あちこち突っ込みながら解説する。
 ……あれもなあ、原作のムダなところ刈り込んで(轢き逃げされた范文雀がらみのエピソードなんて要らん)、重なり過ぎる偶然と因果応報な古色蒼然とした展開を変更して、殺人の動機にもっと説得力を持たせて、深みのない観光案内みたいな絵造りをやめてちゃんと「ドラマ」を成立させるための絵を撮って、松田優作と岡田茉莉子をもちっとマシな役者と取っ換えれば、まだ見られるものになったと思うんだけどなあ。殆ど全部か(^_^;)。

[5]続きを読む

06月13日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る