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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■クレーマーの話、続き。
昨日、しげの店に文句の電話をしてきたクレーマー、今のところ、何のリアクションもして来てはいないらしい。一日経って何もなければ、多分もう忘れちゃって構わないと思うのだが、しげはまだ「クレームが本社に行ったら記録に残るしなあ」と気に病んでいる。日頃は大事なことだってケロッと忘れてしまうくせに、こういうときに限って気弱になっていつまでもウジウジと悩んでいるのだから、いつもの傍若無人でエラそうな態度はどこへ行っちゃったのだろうと首を傾げるばかりだ。
私も仕事関係でいろんなクレームを受けることがあるのだが、クレームを付ける人間というのは、本当に神経質で、「こんなことで文句言われても」と言いたくなるくらい些細でどうでもいいじゃん、と言いたくなる点にやたら拘るものだ。それこそちょっとした言葉遣い、顔つき、姿勢、そんなものにまで難癖を付けられる。「弁解の言葉もありません」と言って謝ると、「弁解する気がないんだな!」と切れる。「いえそんなことは」と言うと、「言い訳するのか!」とまた切れる。このへんはまだマシな方で、「なんだその分厚いメガネは! 人を馬鹿にしてるのか!」と言われた時にはどうすりゃいいのよ、と悩んだ。眼が悪いのはもともとなので、どうしようもないんだが。
要するに何を言おうが切れる人間は切れるのである。初めから「クレームのためのクレーム」をつけることが目的なんじゃないかとしか思えないのだが、取り引きがデカイ場合は何と難癖をつけられようが、ただひたすら、頭を下げたまま、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。こちらに落ち度があるなしは全く関係がないのだから、理不尽だと思うことすら許されない。そういう客がたまにならばともかくも、やたら掃いて捨てるほどいるのだから、ウチの業種、ストレスの度合いはかなり高いんじゃないかと思われる。実際「務まりません」とやめてく人間のなんと多いことか。
それでも血気盛んな若い人は、そういう理不尽な客に食ってかかったりしていくことがよくある。気持ちは分かるが、それで肝心の取り引きがうまく行かなくなったら。個人の責任ではすまない。理想を訴えるのは決して間違っちゃいないが、間違ってないからと言って、結果が悪く出てしまっては、損するのはこちらなのだ。そのあたりのリクツが、若い人にはなかなかわかってもらえない。だもんで、結局若い人のフォローというか、尻拭いをさせられることが近年とみに多くなってきているのだけれど、それだけ私がトシを取ったってことなのだろうね。
実際、あまりにそういう経験が多くなると、「怒る」という感覚事態がマヒしてくるのである。どんなクレームが来ても、それに対するマニュアルが脳内にできあがってしまっていて、「仰せごもっとも」で流してしまうようになる。少しは気概というものがないのか、と誰ぞから叱られそうだが、何だか最近は感情自体がどんどん希薄になっていくようで、これで果たしていいもんかな、という懸念も確かになくもない。実際、チックがこうしょっちゅう起こるということは、心のどこかに「ひずみ」が生まれてきているのだ。
実際、私は例のトンガリさんに対しても、「困って」はいるけれども「怒って」はいない。これまでにも、ちょっとここでは書けないくらいトンデモナイ人に迷惑を被ったことは多々ある。実はトンガリさんはまだ「軽い」方なので、「これくらいは苦労のうちには入らないなあ」なんて感じているのである。それが既に、「感覚がマヒしている」ということになるのだろう。……やっぱ「負け組」かなあ、オレ(T∇T)。
こないだからずっとしげは「『デカレンジャー』が見たい」、と言っているのだが、いつも朝寝坊をしているので、見られたためしがない。今日も「『デカ』やってるぞ」と声をかけたのだが、「今、マンガマージャンやってるから」と寝惚けて起きてこない。なんだその「マンガマージャン」ってのは。寝言で答えたのだが、2冊のマンガを揃えるとポンになるのだそうな。えらく面積を取りそうなゲームだけれど、楽しいのかそれは(-_-;)。
『レジェンズ』が始まるころにようやく起きてくるが、「これ、結構面白いよ」と誘ったのだが、あまりいい反応はせず。こういうややはしゃぎ過ぎに見える作品はイマイチしげの趣味に合わないようだ。
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05月09日(日)
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