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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■1st. Anniversary!
 実は昨6日で、ホームページを開設して丸1周年が経っていたのだが、風邪でダウンしてしまい、日記を書く元気も残っていなかった。今朝になっても体調は元に戻らず、結局職場に連絡を入れて欠勤。四月そうそう、休みたくはなかったのだが、鼻水と喉の痛みが激しくて、仕事ができる状態ではなかったのだ。
 しげにうどんを作ってもらい、食いながら風呂に入り、血行をよくする。昼を過ぎたころには少し気分が落ちついてくるが、鼻水はやっぱり詰まったままだ。咳も時折激しく出る。去年みたいに4、5ヶ月も体調不良が続くような事態にならなきゃいいがなと思う。

 以前にも書いたことだが、昔、私は個人のホームページを開くことに何の意味があるんかいな、と思っていた。作家とか芸能人ならいざ知らず、ただの一般人が別に商売をするわけでもないのにホームページを開着たいと考える、その思考が理解できなかったのである。実は劇団のホームページに日記を書いていたころもそう思っていたのだが、それが180度ひっくり返ったのは、森下裕美のマンガ、『ここだけのふたり』を読んでからであった。このマンガに登場する、主人公の妻の友達の、たきえという主婦が、最初登場した時には気弱で引きこもりで奇行もあり、リストカットでもしそうなキャラだったのに、「えっ、ホームページって、自分のつまらない趣味とか、ペットや赤ちゃんの写真をむりやり人に見せて楽しむものなの!?」と叫んで、「街で見かけたヘンな人」みたいなホームページを開設して以来、すっかり「強く」なってしまったのである(奇行は治らなかったが)。
 ああ、ホームページって、「個人の反逆」なんだなあ、と気付いたのはその瞬間であった。『太平記』に紹介されている作者不詳の「二条河原落書」の、「このごろ都にはやる物、夜討、強盗、謀綸旨(にせりんじ)、召人・早馬・虚騒動(そらさわぎ)、生頚(なまくび)・還俗・自由出家、偽(にわか)大名・迷者……」、と続くアレがホームページでならやれるんだなあ、と気付いたのである。となれば、出番はむしろ作家のような専門家ではなく、“シロウトでなければならない”。立場のある人間ならば書けないことも自由に書かなければ、個人がホームページを開く意味などないのである。もちろんこれはただの「ラクガキ」である。これをもって誰かに自分の言うことを聞かせようとか、影響を与えようとか、そんな姑息なことは考えていない。けれど、そういったシロウトの声が呼応し重なり合って蔓延すれば、現代の世界の“ありよう”も少しは照射されていくのではないかと思うのだ。
 まあ、そのあたりの事情のわからぬ妻がヒス起こしたりして、中断もあった。いくつかの掲示板で謂われのない悪口を書かれたりもしたが、私本人は「まあなるようになるさ」と鷹揚に構えていて、気がついたら喧しかった外野もすっかり静かになって一年が過ぎたのである。やっぱ、あまり心配性になって気苦労するもんじゃないやね。
 特別なことを書いているつもりはないが、熱心に読んでくださるお客様もいらっしゃるようで、ありがたい限りである。更新がサクサク進むというわけにはいかないが、今後とも「またバカなこと書いてやがらあ」と笑って読んでいただければ幸いである。

 チョコチョコと書いてはいたものの、アップできないでいた記事を5本、ホームページのマンガの部屋にアップした。唐沢なをきの『新・電脳なをさん』は元ネタがわからないのがいくつかあったが、それも自分の現実であるので、そのまんま掲載した。知識をひけらかすやからはネットにやたら氾濫しているが、世の中、知らないことの方がいっぱいだという当たり前の事実をもうちょっと自覚した方がいいと思うのである。
 この日記を「マンガ・アニメ」のカテゴリーに入れておきながら、その手の話題が少なくなっていたので、1周年記念にちょっとだけ頑張ってみたつもりである。

 しりあがり寿の『真夜中の弥次さん喜多さん』が宮藤官九郎「監督」で映画化とか。脚本家が監督にまで手を出すと失敗する例も多いが、旬の人ではあるし、ワケシリ顔の半可通どものヤッカミの声に遠慮する必要はないと思う。失敗するならするで大いにコケてもかまわないから、好きなものを作ってほしいと切に願う。
04月07日(水)
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