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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■久しぶりのネット散策
寝過ごして、『デカレンジャー』2回目を見損なう。ああ、石野真子のご尊顔を拝しそこなってしまった。土曜の夜の夜更かしは厳禁だな。
何とか『仮面ライダー剣』から後、『アトム』までは一通り見たけれど、何か物足りない。アトムなんか、ようやくクライマックスに来たのだから、もう少しなんとかなってもよさそうなものなんだけれど、どうにも浅薄な印象を拭えないのである。手塚プロは新作として『火の鳥』を黎明編からアニメ化するつもりらしいけど、下手な作家性を持ちこむのは止めて、原作に出来るだけ忠実に作ってほしいものだ。
久しぶりに、ネットであちこちの日記やら掲示板やらを散策する。
唐沢俊一さんの裏モノ日記、まとめて読んだほうが「繋がり」が見えて面白い。「日本に徴兵制なんて敷かれないよ」という意見を読んでいると、ちょっとホッとしはするが、賢しらな人間の予測を遥かに越えるのが歴史というものだから、一抹の不安は残る。恒久平和が幻想であることまでは否定できないだろう。やたら国民の不安を煽ろうとする文化人たちに対する唐沢さんの憤りには共感。
弟のなをきさんが、劇場公開時からのルネ・クレール版『そして誰もいなくなった』のファンであることも書かれていた。日本公開自体も映画製作から30年が経っていたが、DVD化は更に30年後、その間ずっと幻だった映画である。話題にできる人も少ないというのに、見る人はちゃんと見て面白がっているのだ。「ローランド・ヤングがワトソン役者」ってことにまでちゃんと触れている。いやもう嬉しいのなんの。
2月20日の日記に紹介されていた、ワシントン大学の調査結果で、「結婚生活が円満に続くのは、相手に対して肯定的な会話が否定的な会話の五倍以上あるカップルであり、この五倍という数字を割り込むと、結婚生活は高い割合で破綻する」というのには笑った。全く、アメリカ人はストレートなことである。多民族国家はそうでなければ成り立たないということも理解できないわけではないが、機微の希薄な関係というのも味気ないことである。
従来の日本人、特に我々の世代までの場合、このデータはまず該当しない、どころか、全く逆のデータが出ることは間違いのないところだろう。配偶者を誉めるなんて気恥ずかしい行為は死んでもしたくない、という感覚の人間の方が圧倒的に多いのである。実際、この日記でも私が女房を誉めたことなど殆どない。
ところが、私たちよりひと周りほど下の世代になってくると、この感覚がまた逆転して、どうやら随分欧米化しているらしいのですね。つまりちゃんと「愛してる」と言い続けてくれないと、本当に愛してくれているのかどうか信頼できないという感じで。そういう人たちにしてみれば、私がやたら女房のことを貶すのがどうにも理解できないことであるらしい。
けれど私にとってはやはり「愛していると言い続けなければならない」家庭のほうが、「愛情」を強制されている自由のないものにしか感じられないのである。つか、夫婦は愛情で結びつかなきゃならないものだなんてこれっぽっちも考えていないから、もともとそんな言葉は不要なのである。
とりあえずもう十年以上も夫婦続けてきて、これから先も別れる予定はありやせんから、「この人たちはどうしてこれだけいがみ合ってて、なのに別れようとしないんだろう」なんて詮索は、余計なお世話というものです。……てなことも時々日記に書いているのだが、忘れてる人も多いので、改めて書いておきます。
山本弘さんとこの掲示板も、久しぶりに覗いてみる。
「SF1000冊読破していない人は語る資格無し」と、言いたいことはわかるが、その挑戦的な書き方から、明らかに煽りであろうと思われるスレッドに、レスがたくさん付いている。
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02月22日(日)
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