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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■入院日記10/さらば関西人
 吉野家の牛丼、最後の日。
 どのテレビ局も、「最後の一杯」を食べるお客さんのインタビューを取ろうとして駈けずりまわっているが、そんな様子を映すことのどこがどう面白いんだかわからない。インタビューったって、「淋しいですね」とか「早く再開して欲しいです」とか、あたりさわりのないコメントしか取れまいに。つか、「そういうコメント」を求めているという事実自体はわかるのだが、どうしてそれにニュースバリューがあるとテレビ局が判断しているのかということがわからない。
 いや、本当はわかっている。結局これは、何かが変化している様子を映し出しているように見せてはいるが、実は本質的なところで人間の反応に何も変わりはないことを見せて、視聴者に安心感を与えているのである。昭和が平成に変わっても、海の向こうで戦争が起きても、牛丼が消えても、今日とさほど違った明日が来るわけではない、という安心感である。なんたって全ては「淋しいですね」の一言で片付けられてしまうのだから。
 時代を画するような大きな事件が起こると、キャスターは興奮して「今、私は歴史の節目に立ち会っています」と述べるが、このセリフももう腐るほど聞かされている。この数十年でも節目は数え切れないほどあるわけで、歴史は関節だらけだろう。結局はハレ(非日常)もまたケ(日常)の一部にすぎないのであって、「平和だねえ」と自嘲的に嘯くことでしか、我々はこの垂れ流されるクズ情報の洪水に対処する術を持たない。それが一番「淋しいこと」である。


 午後、突然職場の上司が見舞いに来る。……そう言えば今日は休日だった。入院してると、休みの感覚がなくなっちゃうな。運動療法も糖尿病教室も今日はお休みである。
 「何を持って来たらいいかわからなかったんですが」と言って手渡されたのがカスミ草である。非常に体格のよろしい方なので、そういう可憐な花を持っている姿が何ともオカシイ。いや、もちろん嬉しいんですけどね。
 職場も変わりなくみなさんお元気だそうで(一人、スキーで骨折して入院したそうだが)、ホッとする。現在の病状など、ついつい話しこんでしまって1時間。そろそろ私も人恋しくなっているのだろうか。


 同室の関西人、今日で退院。こんなに気分がハレバレとしたのは、入院して以来はじめてである。「退院します」と声をかけられて、思わず「いやあ、よかったですねえ!」と満面の笑顔で返事してしまったが、私が心の底から喜んでいたことに関西人は気づいてくれたであろうか(^o^)。

 だがコイツ、最後に強烈な最後っ屁を食らわしてくれたのである。
 向かいの部屋に、痴呆症らしい患者さんがいるらしく、夜昼問わず、「あー、あー」と叫んでいるのだが、それを聞いた関西人、「また吠えてますなあ」とあざ笑った。この人の発言にはもう充分ウンザリしていたのだが、これにはさすがに耳を疑った。
 それから先はもう言いたい放題で、「あれはもう人間じゃなくてケダモノですな。意志なんてないんでしょうな」「ほかの病棟に隔離できんものですかね」「面と向かってパンチ食らわしてやりたいですわ」と聞くに堪えない。
 いくらなんでもそれは言い過ぎだろう、とひとこと言ってやろうかと思ったそのとき、その場で話を聞いていたもう一人の同室のご老人が、ポツリと「でも、私ももうすぐああなるでしょうから」と呟いた。
 さすがの関西人もここで絶句である。ようやく自分の傲慢さに気がついたらしい。

 この同室のご老人、数日前までずっと点滴を受けていて、夜昼問わずしょっちゅうトイレに立っていた。そのとき、点滴を吊り下げている移動式の柱をガラガラと音を立てて動かしていたものだから、関西人は看護師さんに「うるさいから、あの人の部屋を変えてくれ」と要求していたのである。もちろん看護師さんはそんなわがままを許しはしなかった。

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02月11日(水)
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