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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いや、落ちこんでるわけじゃないんだが/『なんてっ探偵▽アイドル』12巻(北崎拓)ほか
ちょっと書こうかどうしようか迷ったのだが、いずれそうなることを予測はしていたので、一応書いておく。
先日の健康診断の結果が出たのだが、ついに眼底に出血が表れた。明日すぐ失明ということではないのだが、もうそんなに長く持つものでもなさそうである。食生活も改善できないし、仕方がないと言えば仕方がないのだが、体重が減り加減であったので、自分としては少しはマシな状況になってるんじゃないかと油断していた。あとどれくらい本が読めて映画が見られるのかなあと思うと、ちょっと寂しい。
もともと私の視力は極端に悪い。数メートル先の人の顔の区別もつかないし(つかなくても生活に支障は来たさないのだが)、とうに人の顔を覚えようという気はなくしている。そんなんで本や映画をよく見られるなと思われるかもしれないが、だから劇場の大画面で映画を見るのが好きなんである。活字は大きいに越したことはないが、多少つぶれたように見えていても、慣れでどんな字か見当はつく。それでも出血がひどくなって、目が霞むようになれば、本も映画も見るのを諦める日が来るのだろう。数ヶ月先か、数年後か、10年後か。でも、最初に失明宣告を受けたのは小学生のときだったから、よくここまで持ってくれた、と言った方が正しいかもしれない。
とは言え、何せ救われぬ煩悩の徒であるから、潔く諦めきれるかどうかは自信がない。メクラの癇癪モチの因業ジジイになりゃしないかと心配である。
このサイトも、どれだけ長く運営できるかしらないが、できればしげに口述筆記で日記くらいは書き綴ってほしいなあと甘えたことを考えている。でも一日10行以上は絶対いやがりそうなんだよなあ(^_^;)。
週末はとりあえず眼科に行って、精密検査を受けるつもりである。それでまた結果がどう出るか、今後はいったいどうなるのか、世は全て“Que sera sera”。
ショックの余り、我知らず神経のバランスが崩れたりはしないだろうかとかなんとか不安に思うが、そういう思考をしていること自体、既にバランスを欠いている証拠である。
仕事が手につかないというほどではないが、ふと、廊下を歩いていて、目的の部屋を通り過ぎている。これがココロ、ココニアラズ、という状態なんだろうか、ああ、意外とオレも脆いなあ、と苦笑する。
帰宅途中、博多駅に寄って、近くに今年のトンデモ本大賞の例の歯医者があるんだよなあ、ちょっくら寄って、パンフでも貰って来ようかと考えて、「今、夜じゃん」と気がつく。焼きソバ屋に寄って、マヨネーズをかけていてふと気がつくと一本使い切っている。目の前の焼きソバはマヨネーズのこんもりとした山に埋もれている。でもってそれをまたヤケになって食うのだ。
自分で自分がおかしくなってるなあ、と理解はしているのだが、では、そのおかしくなってる自分を見ているもう一人の自分は誰なのだろう?
どうもこう調子が悪いと、しげの情緒不安定を笑えない。
帰宅すると、まだしげが寝ている。検査結果のことを言おうかどうしようか迷ったが、どうせ日記を読むんだしなあ、と思って黙っている。一日経てば私ももう少し落ちつくだろうから、それからでも話して悪くはない。だいたい、私が失明しそうだからと言って、いきなりかいがいしくなるような人間ではないのだ(だったらとうの昔になっている)。
しげが仕事に出て行ったあと、日記をほとほとと綴って、チャットを開く。いつもより一割増しくらい、露悪的な書き込みになることが多い。やっぱり神経が高ぶっているのである。ヨナさん鍋屋さんには、いったいどうしたのかと心配なされたことであろう。実はこういうわけだったのである。いや、申し訳ない。
録画しておいたCSアニマックスの『ジャックと豆の木』を見る。前にも感想を書いた気がするので、詳しいことは繰り返さないが、『銀河鉄道の夜』や『源氏物語』のような幻想世界を見事に描いた杉井ギサブローの、スラップスティック感覚が横溢したもう一つの代表作。音楽がBGM的な働きしかしておらず、今一つミュージカルになりきれてないのがウラミだが。
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06月09日(月)
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