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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■すっ飛ばし日記/モテる男の心中
 『國文学』6月号、有島武郎特集。
 劇作家兼俳優の斎藤憐が有島武郎について語っている。
 夏目漱石の死が明治時代の死であったように、有島の心中は大正時代の死であった、というのがその論調。その論法自体、否定はしないが、有島一人に象徴させて語るのも少々乱暴だな、とは思う。でも、コトバってやつは乱暴なくらいじゃないと面白くないもんな。収まりのいい言葉はあまり心に残らないのである。
 してみると、昭和の死を象徴する作家は、三島由紀夫でも川端康成でもなく、やっぱり手塚治虫しかいないよな、とつくづく思う。
 ブンガクの素養は私には殆どないので、ほかの記事を読んでも初めて知ることばかり。有島武郎がこんなにもてまくっていたとはなあ。結婚後も外国に「心の恋人」がいたりするのである。小説読む限りじゃ、融通の利かないマジメ人間、という印象しかなかったんだが。
 ……と考えながら、ふと、この人、どんな小説書いてたっけ? と思ったら、その中身を全く忘れてることに気がついた。つーか、『或る女』なんか読んだこともないぞ。
 あわてて、一応読んだことのあるはずの『一房の葡萄』『かたわ者』『ぼくの帽子の物語』などを読み返してみる。……ホントに忘れてるわ、中身(^_^;)。
 『一房の葡萄』なんて、子供の泥棒の話だったんだなあ。昭和40年代くらいまでの少年小説や少年マンガにはよく出てたよなあ、泥棒少年。貧乏ゆえに盗みはするけど、回りの愛情のおかげで罪を悔いて更生するってパターンね。この小説がそのパターンの原典かと思ったけれど、別に主人公、貧乏っていうほどの貧乏じゃないよなあ(本人はそのつもりだけど、戦後の大衆の貧乏は、大正時代とは比べものにならない)。キリスト者としての「許し」を描くことの方が主眼にあったと見るべきか。
 『かたわ者』は自分の傷碍を売りものに金を稼いでいた盲人と足萎えが、奇跡の力で傷碍が直るんだけれど、生活の業を失って途方にくれるという話。
 今だったら発表するだけで大問題になりそうな題材だけれど、一面の真実はあるよなあ。間違ってもこういう小説を「差別的だ」と難癖つけて絶版になどしないように。
 『ぼくの帽子の物語』は有島版『夢十夜』。子供がどこかに行った帽子を探す話。夢の話だから何のことだかわけがわかんないんだけど、それがナンセンスで面白いのである。

 カネが全くないので、昼飯抜き。
 夜は、買い置きのスパゲティを食うが、これまでしげがたかりに来る。自分は中華丼買ってるくせになあ、私を餓死させるつもりか。って実はどうせピンハネされると思って余計に作っといたんだけど。

 『バイオグラフィー・サタデーナイトライブ』後編。
 最近のSNLレギュラーは、映画に主演でもしてくれない限り、誰が誰やらもう全然わからない。それでもクリス・カッタンなど、有望な新人を未だに輩出し続けているようだ(主演映画『コーキー・ロマーノ』はテロ事件の煽りをくらってコケちゃったらしいが)。
 あちらのコメディは主演が日本でよっぽど有名でない限り、ビデオ発売でしか公開されないなんてことも多いから、こういう番組をチェックしておかないと、おもしろいやつを見逃しかねないのである。
05月14日(水)
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