ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491686hit]
■すっ飛ばし日記/リズムな男の死
しげがいつの間にかパソコンを新しくしている。
こないだから「パソコンが故障したよう、ネットにつながらないよう」と泣いていたのだが、業を煮やして思いきって買っちゃったらしい。小金溜めこんでやがったな、こいつ。
でも新しいのを接続したのに、またぞろこいつがネットにつながらない。仕方がないので、しげは今、私のパソコンを使っているのである。
こういうとき、私は何の手伝いも出来ないのでひたすら無力感を感じるのみである。やっぱりもちっとパソコンの基礎知識くらいは入れとかないといけないよなあ。
翻訳家の井上一夫氏が、昨12日、肝硬変のため死去。享年80。
訃報はいずれもイアン・フレミング『OO7』シリーズやエド・マクベイン『87分署』シリーズの翻訳家として紹介しているが、その遺作が何だったか、書かれているものを見かけない。作家や役者についてし、そういった記述は詳しいが、翻訳家については配慮が行き届いていないように思える。
記録を調べてみると、その翻訳をほぼ一手に引き受けていた『87分署』シリーズは、1997年の『ノクターン』を最後に、山本博氏にバトンタッチされている。このころから体調を崩されたのだろうか、この時点で既に74歳だから仕方ないとは言えるのだが。
翻訳小説を読んで、「この訳者の文章はうまい!」と唸さらせるような経験は滅多にない。もともと文法体系の違う言語を訳すのだから、ある程度は不自然な面が残るのは仕方がないにしても、意味不明の文章を羅列されてはたまらない。以前も書いたことのある井上勇氏の訳などは最悪であった。
私が「この人の訳なら」と信頼できたのは、清水俊二氏や長島良三氏など数少ない。それは誤訳が少ないという基準での判断ではなく、「日本語としてこなれているか」「文にリズムがあるか」という点にあった。そしてそれは井上氏の訳にも強く感じたことである。ともかく井上氏の文章は美しかった。
一例を挙げる。
ジェイムズ・ハドリー・チェイス『ミス・ブランディッシの蘭』(創元推理文庫)の冒頭部分(ついでだけど、このタイトルの訳も省略が利いている。本来は『ミス・ブランディッシに蘭は捧げず』。ちなみに映画化された時のタイトルは『黒い骰子』(1948)、『傷だらけの挽歌』(1971)である。)
> ことの起こりは夏の朝、七月のある朝のことだった。朝日はもやの間から、早くも顔を出していて、舗道にじっとり置いた露は、すでにかすかな湯気を立てている。町の空気は、すえたようにそよとも動かない。激しい暑さ、日照り続きの青空、なまぬるい誇りっぽい風――まったく七月というのは、やりきれん月だ。
> 眠りこんだサム爺さんをパッカードに残して、ベイリーはミニーの食堂に入っていった。ベイリーは機嫌が悪かった。まえの晩に深酒をしたあげくのこの暑さでは、気分は少しもよくならない。舌はざらざらするし、目はごろごろする。
> はいってみると、食堂には客はひとりもいなかった。まだ早いし、女が床掃除をすませたばかりのところだった。掃きよせたごみをまたいではいると、ぷんとくる料理と汗の匂いに、ちょっと鼻の頭にしわをよせる。
> カウンターに寄りかかっていた金髪の女が、ピアノの鍵盤みたいな歯を見せて、にっと笑った。そばに行くまで、そいつは映画女優みたいなしなを作って待っている。そのうちに、熱がさめてしまったのか、くせの強い黄色の髪のカールをたたいて伸ばしながら、薄いドレスをすかして大きな胸をベイリーのほうにふり立てる。
> 「眠れなかったんでしょう?」女はいった。「まったく、すごい暑さね……」
> ベイリーは女に苦い顔をしてみせると、スコッチ・ウィスキーを注文した。女はカウンターの上にびんをぱたんと置くと、グラスを押してよこした。
> 「坊や、うまくやったんでしょう?」女は軽口をたたいた。「きのうの晩、無理しちゃったんでしょう? 顔を見れば、わかるわよ」
> ベイリーはぴんとグラスをとると、テーブルへ移って尻をすえた。じっとおもしろそうに見つめている金髪を見かえす。
> 「何かすることがあるんだろう。おれのことはほっといてくれ」
[5]続きを読む
05月13日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る