ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ある終焉A
昨日の閉鎖されたサイトについて、今の時点での感想を書いておく気になり、掲示板に以下のように書きこみ。
> 大好きだったあるホームページが閉鎖してしまいました。
以前はしょっちゅう遊びに行ってたのだけれど、まあいろいろあって、たまにROMするだけになってました。
> それでもそこの管理人さんには元気で頑張ってほしいと願ってはいたのですが、すっかりお疲れになってしまったようです。客観的に見れば、閉鎖に至った原因はご本人に大いに責のあることなのですが、最近はもう、ほんの少しも自らを省みる余裕さえなくなってしまっていたように見えました。
> 同情はしません。ご本人はいつも同情されることを求めていましたから。それに応えることは、その人の心を殺すことになります。そして、その人の周りには、その人の心が死ぬとわかっていて、見え透いた同情の言葉を投げかける人たちが随分といたように思います。
> でもそういう人たちほど、自分こそが管理人さんの一番の味方だと思い、管理人さんもその人たちが本当の味方なのだと勘違いしていたようです。それは単に馴れ合いの生み出した幻に過ぎないのですが。
> 本気でその人のことを思うのなら、みんな、もっとその人の思いこみを揶揄し、罵倒し、心を傷つけ、自らの愚かさに気づかせてやればよかったのに。しかし、そこまでその人を愛した人は誰もいませんでした。
> みんな、「安全なところからの物言い」を繰り返していただけです。
> それにのに管理人さんは、端から見ればスカスカで中身のない言葉を、自分が愛されているのだと錯覚し、まだしも管理人さんを思う忠言を口にする人々を排斥していきました。それは、どう言い訳をしても、その管理人さんの愚かさに違いありませんでした。
> みんな、自分が「利口」だと思っています。そんな人間なんていないのに。なぜ、その人は素直に自らの愚かさを認められなかったのでしょうか。そうすれば、空虚な言葉に振り回されることも、サイトを閉じることもなかったでしょうに。「愚かさの徳」を忘れた人々の姿は、いつも切なく、寂しいものです。
> 陰で笑ってる人がいますね。
> その人の正体には早くに気付いていましたが、それを伝えても管理人さんには信じてもらえなかったでしょう。今もそうかもしれません。
> そのことを思うとき、私はただ深く、静かに絶望するだけです。
最後の一行は、実は友人の言葉を引用したものである。
当の管理人さんがこの文章を読むことがあるかどうかはわからないが、読んでもその意味を理解できるどうか、心許ない。これを書きながら、かつて全ての言葉を曲解され、言ってもいないことを言ったと思いこまれ、どう語りかけても言葉の通じない思いをした記憶が蘇えったからである。
これに誰かのレスが付くとは思ってもみなかったが、鍋屋造物さんが即座に「人は自分の都合の良い事しか聞き入れない」と書きこまれたのを見て、更に寂しくなった。気持ちはわかる。キツイ言葉は耳にイタイし、慰められれば誰だって嬉しかろう。けれど、自分に都合よくモノゴトを解釈することの愚だって、人は知ってるはずなのだが。
ヨナさんは「外側に起こる現象は、すべて自分自身の内面の反映」とレス。サイト閉鎖の挨拶の管理人さんの挨拶の中で、再三「サイト閉鎖は自分がいたらないせい」と語っているが、そんなことを本気で考えてはいないことは、文面で「自分のどこがどういたらなかったのか」を具体的に全く語っていないことからも見当がつく。
その方の口癖に、「あなたは本気で悪いと思ってますか?」というのがあった。その言葉が相手にどう取られるものか、全く本人は気付いていなかったようだが、これは「人は本気で謝りなどしない」ということを前提とした発言だ。普通、何の根拠もなく「相手が本気ではない」という決め付けを行って、まともに相手をしてもらえるはずもないし、逆に考えれば、そう発言した自分自身が「本気で謝らず、口先だけで生きてきた」可能性をも露呈している。
私は怒りはしないが寂しかった。
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05月07日(水)
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