ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491701hit]

■S(エス)の悲劇/DVD『みんなのいえ』/『ブレーメンU』4巻(川原泉)
 早朝、何の番組だか、テレビで怪しい外人(アメリカ人らしい)が、オーストラリアで「カンガルーの陰嚢」を探しているのを見る。
 なんじゃそりゃ、と思わず居住まいを正して画面に見入る。ンなもんで見入るのもアホみたいだが。
 「陰嚢って……つまりアレだよな? そんなもん売ってるのか? 何に使うんだいったい」
 矢継ぎ早にしげに問いかける。けれど、しげだって別に陰嚢の専門家というわけではない。
 「……小物入れにでも使うっちゃないと?」
 そう答えるのが関の山であったが、更に畳み掛けるように問い質す私。
 「小物入れって……ホンモノの陰嚢を? 別にナニをかたどっただけってわけじゃなくて? ホンモノの陰嚢をなめして作ったの?」
 「知らんよ!」
 しげが突き放すのもムリはあるまい。あまり陰嚢陰嚢言われて、返事ができるものでもあるまい。とりあえずそのままテレビを見ていると、件の外人、聞きこみの末、見事某ショップで陰嚢をゲット。潰れた風船か袱紗みたいな形をしたものが四つほどパックに入っている。どうやらホントに陰嚢を小物入れにしているらしい。
 うーん、感覚的にはやはり首肯しがたい面があるが、アチラの人たちの感覚では屈託がないんだろうなあ。


 咳に悩まされながら、それでも「映画を見てやるんだ!」と、しげが芝居の練習に出かけている間に、三谷幸喜監督の第2作『みんなのいえ』のDVDをかける。
 『ありふれた生活』を読んだときの感想にも書いたが、これが三谷幸喜初のオリジナル脚本の映画化、というのは真っ赤なウソである。
 東京ヴォードビルショーの公演ために書いていた『アパッチ砦の攻防』の初稿がその原作。舞台版の方は完成寸前で初稿が破棄され、全く違う脚本が渡された。
 出演者の佐藤B作も伊東四朗も、公演一週間前に台本を渡されて大変だったってことを、『アパッチ砦の攻防』のパンフレットで語っている。パンフには制作記録も細かく掲載されてるから、三谷さんがどれだけ周囲に迷惑かけまくったかがバレバレである。あの人もエラくなって、段々井上ひさしみたくなってきたな。
 当時は「初稿がうまくまとまらなかったのかなあ」って考えてたけど、こうして映画が作られて、しかも三谷さんがオリジナル脚本があったことをキチンと説明してないところを見ると、あの「原稿落とし」はワザとだな。「これは舞台より映画向き」と判断して、寝かせることにしたんだろう。やっぱりあの人、性格は結構悪辣であるな。

 小林信彦はどうやら三谷幸喜を嫌っているらしい。
 『週刊文春』の『人生は五十一から』で、三谷さんが自作のテレビ番組『HR』について「日本初のシットコム(=シチュエーション・コメディ)」と標榜している発言を引いて、「『スチャラカ社員』があるじゃないの」と、その無知・不勉強を「静かに」怒っている。
 なんで「怒ってる」と判るかっていうと、文中に一切「三谷幸喜」の名を出していないのである。「脚本家は」という言い方だけだ。
 まあ、小林さんから見れば、三谷さん程度のコメディはとても評価できるものではあるまい。三谷さん自身が言ってることだが、「私が売れてるのはほかにコメディの書き手がいないから」というのは「今は」事実だ。もっともそれは、即物的なクソバラエティしか作ろうとしないテレビ局に責任があることなんだが。
 そのことを自覚せずに「ほかのコメディ作家はなにやってるんだ」と言ってるようにも取れる発言をしてちゃ、業界内で腹を立てる人も現われて当然だろう。
 実際、何かにつけ、三谷さんの知識にはやたら偏りがあるのを感じる。私より一つ年上なのに、なぜか『スチャラカ社員』も『てなもんや三度笠』も見てなかったらしい。関西喜劇だけれど東京進出を果たして、視聴率を5、60%も取ってたのになあ。昭和30年代にそれだけの視聴率を取ってたということは、「誰もが見てた」ってことだ。

[5]続きを読む

01月19日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る