ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491706hit]
■頑張れ爆走C/美しい言葉のひと/『ぞうくんとりすちゃん』(藤子・F・不二雄)
今日は皇太子妃雅子さまの39歳の誕生日だとか。これから1ヶ月弱は私も雅子さまと同い年。別にそれで嬉しいとか言うこともないんだが。
雅子さま、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見して、質問に対していちいちご解答なさっているのだが、いつも思うのは、雅子さまに限らず、皇族の人々のその話ぶりのあまりの類似性である。
無難なことしか喋れない、というのはその通りなのだろうが、例えば結婚に際しての皇后陛下のかつての発言と、今の雅子妃の発言のそれとを比べてみると、どちらがどちらだかほとんど区別がつかないほどなのである。
それは、無個性、というより無意味ですらある。
今回も、北朝鮮の拉致問題について「被害に遭った方々、ご家族の気持ちを思うと本当に胸が痛む」と語られていたが、これほど紋切り型の発言もあるまい。しかし、それを「心が篭っていない」と見る日本人はあまりいないだろう。恐らくは日本人の大多数が、雅子さまと同じ感想を持ち、その言葉に感動し、そして同じように胸を痛めて、それだけで終わるのである。悲しみが募ったとて何かができるわけでもなく、何もしないで、今日と同じ明日を過ごしていく。
その意味では、雅子さまもまた実に日本人の「象徴」であらせられるのだ。
そんな無意味な言葉でも、亡母は「ああいう人がいてくれなければ困る」と生前言っていた。どんなに世の中が乱れようと、人の心が汚れて行こうと、あのような「模範解答」を清らかに述べる人がいてくれれば安心できるのだそうだ。
それがただの幻想であることはハッキリしているが、結局人間は、宗教を信じない者でも何らかの幻想にすがりつかなければ生きて行けないのである。それを自覚することには一抹の寂しさを覚えるが、それもまた次の瞬間には過去の記憶である。
私が信じてるものはなんなのだろう。アニメか?(^_^;)
東京はちょうど、大雪である。何かを流し落とすための雪だろうか。
テレビ、『子連れ狼』の最終回をようやく見る。
今までの回を見逃してたので、どんなもんか見てみたのだが、あくまで第1部最終回ということで、柳生烈堂との決着はつかず。
……いやね、ここしばらくの時代劇の中で一番ひどいものを見たって印象だね。
北大路欣也が拝一刀に見えないってだけじゃない、柳生烈堂も夏八木勲って、いったいどこから発想したキャスティングなんだ? 原作の持ってる迫力のカケラもないぞ。
殺陣は少しは見られるかと思ったが、たった一回の鍔競り合い、火花を散らしただけ(明らかにバレバレの合成の火花が白ける)でもう痛み分け。ふざけてるのか?
いや、それよりもっとひどいのは、前田愛の超大根演技。ほとんど突っ立ってるだけで芝居にも何にもなっちゃいないし、時代劇のセリフが板に付いてないどころか、小学生の学芸会並のひどいセリフ回し。あれならウチの役者のほうがナンボかマシだ。妹の前田亜季との演技力の差が天と地ほども違うぞ。
なんだかムチャクチャ腹が立っちゃったので、口直しにと思って、昔の若山富三郎版の『子連れ狼 子を貸し腕貸しつかまつる』をビデオ録画してたのを見返して見たが、これも若山富三郎が太り過ぎてて、拝一刀のイメージではないのであった。カメラワークが悪くて、殺陣もきちんと撮れてないしなあ。
なんだか疲れてしまったので、日記も書かずに寝る。
昨日はせっかく更新急いだのに、また逆戻りである。
絵本、藤子・F・不二雄『ぞうくんとりすちゃん』(小学館・1470円)。
藤子さんが1974(昭和49)年に『めばえ』に連載した「文章のないお話絵本」の初の単行本化。
絵本とは言っても、内容は4ページの4コママンガ。
例えばヒトコマ目でりすちゃんが風車を持って立っている。
フタコマ目でぞうくんが鼻から息を吹き出して風車を回してあげる。
サンコマ目で息を吸いこんだぞうくんの鼻に枯葉が舞い落ちてくる。
ヨンコマ目でクシャミをしたぞうくんの鼻息で、風車もろともりすちゃんも吹き飛ばされる。
幼児向けとは言え、オチの付け方はいかにも藤本さんらしい。
[5]続きを読む
12月09日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る