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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■永遠という名の魔女/『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』40話/『ギャラリーフェイク』26巻(細野不二彦)
毎回感想を書いてたらシンドいので、たまに見ても朝の特撮やアニメについては省略することはできないのだが(それでも毎回やたら書いてるよな。更新が進まないはずである)、今回はそうもいかない。
『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』40話「どれみと魔女をやめた魔女」、これまで「いい加減長く続きすぎてるんじゃないか」とか「どれみがオトナになっちゃったから『おじゃ魔女』っぽくなくなったよなあ」とか文句つけることの方が多かったが、自らの不明を恥じたい。断言するが、これこそテレビアニメ史上に残る傑作である。
脚本は大和屋暁(やまとや・あかつき。名前でおわかりの通り、日活出身の脚本家で、言わずと知れた『ルパン三世』の大和屋竺氏のご子息である)、作画監督はキャラクターデザインの馬越嘉彦自らが担当、そして監督はもはや日本アニメの重要な一角を担っていると言ってもよい『デジモン』の細田守。シリーズ中の異色作ではあるが、これまでのシリーズの積み重ねがあったからこそ、これだけの作品を送り出すことができたのだ、と言うことができる。
ある日の放課後、何となく遠回りして下校したどれみは、「未来」という名の美しいお姉さんと出会う。会った途端、どれみが魔女であることを見抜いてしまう未来さん。「マジョガエルになっちゃう!」と慌てふためくどれみだったが、実は未来さんも魔女であった。ホッとするどれみだったが、未来さんはもう魔法は使わないのよ、と言う。
ガラス細工をしているという彼女に誘われて、ガラスのコップ作りにチャレンジすることになったどれみ。お礼に一週間前に越してきたばかりという未来さんを連れて、美空町のあちこちを案内してあげる。
夕日を見つめながら未来さんは、止まっているように見えるガラスが、実は長い長い時間をかけてゆっくりと動いていることを語る。未来さんが何を伝えたいのかよくわからないのに、話せば話すほどに彼女の不思議な魅力にいつの間にか惹かれている自分に気付くどれみ。
またある日、未来の所を訪れたどれみは、彼女が今まで出会ってきた人たちと一緒に写した写真を見せられる。その数の多さに驚くどれみ。その中には未来が「たった二日だけ」好きになりかけたという人との思い出の写真もあった。
「どうして好きにならなかったの?」と問いかけるどれみに、「私、年上好みなの」とやや寂しげに笑って答える未来。そして、「同じ人とずっと一緒にはいたくない」とも……。
そうして、未来はどれみとも思い出の写真を撮る。
なかなかうまくいかなかったガラスのコップもようやく形になり、あとはゆっくり熱を冷ますだけ。
そして、未来は「明日そのコップを取りに来て、あさってではだめ」と言う。それは、彼女が明後日には例の昔好きになりかけた人の元に行くからであった。その人は普通の人間、年は今はもう90歳を越していて、未来のことを未来の子どもや孫だと思って付き合っていて、未来自身もそれを演じ続けているというのだった。
「こんな生き方をしてる魔女もいるの」と呟く未来は、どれみに衝撃的なことも告げる。
「魔女の世界をもっと見たければ一緒に来て」。
迷うどれみ。美空町のみんなと別れて、未来と一緒にたびに出てもいいのか。夕暮れの街を歩きながら、それでも未来さんへの思いを消せないどれみ。
しかし、翌日、「未来さん、来たよ!」と彼女の家に飛びこんだどれみを待っていたのは、あの、一緒に撮った写真だけ。
すでに未来の姿は無かった。
「……どうして?」
どれみの問いに答える声はない。
抒情的である、という点でこれを傑作と呼ぶのではない。
この作品のキモは、どれみが美空町を捨てようと決意したその一点に尽きる。
単発のドラマではない、ここまでシリーズを続けておきながら、おじゃ魔女の仲間を捨ててまでどれみは未来さんについて行こうとするのである。見方によっては、これはこれまで『どれみ』という番組を応援してきた視聴者たちの思いを裏切る行為でもあるのだ。例えて言えば仮面ライダーがいきなりショッカーに寝返るようなものだ。ファンが怒り狂ったっておかしかない。
けれど、リアルな現実として考えてみよう。
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11月10日(日)
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