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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■勲章って文学賞じゃないでしょ?/舞台『父歸る』(見てないけど)/『鉄人』1・2巻(矢作俊彦・落合尚之)
岡田斗司夫さんのサイト「OTAKING SPACEPORT」の巻頭言で、作家の筒井康隆氏が紫綬褒賞を受けることになったということを知って驚く。
筒井作品との出会いは私と同世代の人間ならばたいていがそうであろうが、永井豪画の絵本『三丁目が戦争です』である。小学生同士のケンカがエスカレートして全面戦争が始まるというトンデモナイ話で、いや、これはトラウマになった。NHK『タイムトラベラー』も当然リアルタイムで見ているし、大学生のころは、それこそ七瀬シリーズの新作が出るのを楽しみにしていたし、舞台『三月ウサギ』の公演を見に行ったり『虚人たち』のサイン会に出かけたり、もちろん全集も買い(途中で挫折したが)、映画『時をかける少女』を見て「原田知世はいい!」と叫び、映画『スタア』だって「つまんねえだろうな」と思いながらもしっかり見に行った。御三家の中では一番好きだった作家さんである。
そのアイデア、諧謔、皮肉、冗談、ナンセンス、ブラックユーモア、エロチシズム、グロテスク、スカトロ、もちろんSF性にすっかり魅了されていた。直木賞には縁がなかったが、泉鏡花賞のほうが筒井さんにはふさわしいよな、と思っていた。少なくとも『ベトナム観光公社』とか『農協月へ行く』とか『宇宙衛生博覧会』とか読んでいたら、まずもって勲章なんてものとはもっとも縁遠い人だと思うのは当然であろう。それが紫綬褒賞。意外、という言葉以外のものが見つからない。。
ネットで筒井さんのコメントを見つけたが、ご本人は結構喜んでいるようである。
「お行儀がいい作品を書いたつもりはないが…。長いこと労働してきたことへの、ご褒美かな。うれしいとか名誉とかいうより、どこか冗談っぽいな、という面白さを感じますね」
ちょっと皮肉が入ってはいるが、どうせ斜に構えるのなら「自分の作品読んでるのかね?」くらいのことは言ってほしいものだ。叙勲の選考委員たちが読んでいたとしたら、まず間違いなく落としているはずだからである。勲章なんて文春漫画賞と同じで、別に取ったからと言って、おめでたくもなんともない。「ご褒美」なんて言葉は使ってほしくなかったなあ、というのが正直な感想である。
岡田斗司夫さんの巻頭言は更に激烈である。
筒井康隆氏が紫綬褒章に決まったそうです。
僕が尊敬していたのは反骨の作家・筒井だったので、もちろん国家からの勲章なんか断ってくれるはず、と思いたいのですが、まぁ無理でしょう。
正直、80年代からこっちの氏の創作はいきづまり気味だと思うし、特に演劇出演などに関しての自画自賛ぶりには辟易しています。
絶筆したままだったら『天才』のまま終われただろうになぁ。
岡田さんと違って、私は、筒井さんのことを「反骨」などという陳腐な表現で語れる程度の作家ではないと思うし、かと言って「天才」と言うほど持ち上げる必要もない、とは思うが、言わんとする気持ちは分る。筒井さんならこういう「事件」に対して何かリアクションを取ってくれるんじゃないか、と期待するのは、かつてのファンならば等しく思う「願い」であろうから。誰も筒井さんに『わかもとの知恵』を書いてほしい、なんて望んじゃいないし、ましてや速水剛三を演じてほしいなんて思っちゃいないのである。
今でも新作が出れば一応筒井さんの本は買っている。『エンガッツィオ司令塔』、途中まで読んだがつまらなくなって寝た。『敵』、買ったあとで『純文学』と気付いて数ページで読めなくなった。『蛇眼蝶』、文章が野坂昭如のヘタなパロディみたいでつまらなかった。『私のグランパ』、『愛のひだりがわ』、書き出し読んだだけでまだ全然読んでいない。
……私にも昔ほどの貪るような読書「欲」がなくなったのはわかるが、こうして並べてみると、確かに近年の筒井さんの作品がつまらなくなってるのが分るのである。それでも「名声」自体は、二十年前より今のほうが「一般的には」上がってるのだろう。宮崎駿とかでもそうだけど、どうして世間は「つまらなくなってから」その人に飛びついていくかね。本気で面白いものを探そうって気がないんだろうけどさ。
『グランパ』は映画になるそうだし、やっぱ読んどくべきなのかなあ。
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11月04日(月)
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