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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■今時の格闘オタク/アニメ『天地無用! GXP』第1話/『Heaven?』4巻(佐々木倫子)ほか
岡田斗司夫さんの「オタク日記」、8月13日の項に、「私は格闘技オタクはキライだ」の記述がありビクッとする。
アウトドアだのスポーツだなどと、そんなもんこの世にあるの? とばかりに、世間から隔絶し、ひたすらウチに篭るオタク(オイ)にとって、唯一共感を覚える体育系が格闘技、特にプロレスである事は論を待たない(そうか?)。
もう我々の世代は『タイガーマスク』でプロレスに対する思いを擦りこまれちゃってるからねえ。40代、50代の男で、かつてアントニオ猪木のファンでなかった人間を探すほうが難しいのではないか。更には現実にタイガーマスクが登場し、ライバルのブラックタイガーやら(やたら弱かったが)、果てはウルトラマンだのウルトラセブンだの、獣神ライガーだの、いったい白いマットの上はジャングルなのかデパートの屋上の特設ステージなのかと、見紛うほどになっていたとき、当時の我々は、生きてるうちにこんな面白いものが見られるとは思ってもみなかったとむせび泣いたものだった。
ああいうふざけた楽しさが岡田さんにはわかんないのかなあ、と思ってよく読んでみると、どうも岡田さんが毛嫌いしている「格闘技オタク」と言うのは、私のようなプロレスを「イロモノ」として楽しんでいるのとはどうやら違っているようなのである。どうやらプロレスを本気の勝負と思いこんでる連中を指しているようなのである。……今時いたのか、そんな連中。
少なくとも、私が出会ってきた友人たちで、ジャイアント馬場やアントニオ猪木が本気で強いと思ってたやつは一人もいなかった(ガタイはでかいからそれなりには強いだろうが、少なくとも「地上最強」ではない)。
プロレスの「強さ」は「演出」なんであり、だからこそ猪木の異種格闘技戦シリーズも楽しんで見ることができたのだ(モハメド・アリ戦は演出に失敗してたからつまんなかったけどね)。
プロレスがつまんなくなっていったのは初代タイガーマスクが「本物指向」を打ち出してマスクを脱いだころからだったと思うが、度重なるプロレス団体の内紛、分裂がファンの興を削いでいったことは間違いないことだと思う。全日と新日に別れていたころは、それでもいつかはもう一度、馬場と猪木の再戦が見られるとファンは期待していたものだったが、その期待が薄れたころから新日は別の「抗争」を演出しようとして、それに失敗した。いくら弟子が師匠に反旗を翻そうが、それが「脱退して自分たちだけでやります」じゃあ、そりゃ露骨に戦うのを引き伸ばしているだけじゃん、としか言えなかった。戦えば結果が出ちゃうじゃないか、というハラだったのかもしれないが、引き伸ばすにしても限界というものがあるのである。結局、長州はどうなったんだ。もう私ゃプロレスからすっかり離れちゃったから、今の消息も知らないのである。確か初代タイガーは去年の参院選で落選してたと思うが。
プロレスラーたちは、結局、自分たちが何を見せればよいかを勘違いしていたのである。
プロレスオタクたちがアホになっていったというのも分らないではない。
どう見てもつまんないものを面白いと思いこむためには、やはり自らを騙していくしかしょうがないのである。シューキョーにハマるのと同様に、もう他人の価値観を拒絶し、視野狭窄に自ら陥らねば、あんな知性のカケラもないただの肉玉のぶつかり合いに燃えられるはずもないのだ。結果、プロレスファンたちは「プロレスファンにあらざるものは人にあらず」みたいな唯我独尊主義を標榜することになる。
でもなあ、オタクって結局、みんなこういう傾向があるんだよなあ。去年の「ゴジラ誉め殺し」も全くこれだし。私だって昔から「薬師丸ひろ子が出てれば名作」「原田知世に駄作なし」「加藤夏希が出るだけで映画」とアホは散々やってきているのだ。こーゆーのってシューキョーなんだから、強制さえされなければ「勝手にやってなさい」で、別に怒る必要もないことだ。岡田さんが格闘技オタクをそこまで毛嫌いするからには、何かよっぽどイヤな目に合わされたんではなかろうか、という気がしてならない。
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09月30日(月)
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