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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■夢のビル・ゲイツ/『金田一耕助の新冒険』(横溝正史)
今朝見た夢。
例によって例のごとく、私は入院している。場所はどうやら一番きれーな看護婦さんがいたときの病院らしい。
正直だなあ、夢って(^o^)。
糖尿病は、治療しながら授業も受けなきゃならんのだけれど、その講義をどこでやってるか、よく分からない。
廊下にいる看護婦さんに聞こうとするが、あいにく患者さんに点滴打ちながら移動している最中で、ちょっと声がかけにくい(どうして廊下で点滴打ってやがるんだ)。
諦めて病室に帰ってもいいのだが、既に退路は断たれている(どういう意味だ)。
もはや私には講義を聞くしか道は残されていないのだ。
時間は既に過ぎている。焦って廊下をウロチョロしていると、それらしい講義室がようやく見つかる。
……なんだか大学の講堂みたいだな、と思いつつ中に入ると、ありがたいことに基調報告が終わっただけで講義には入っていなかった。
糖尿病の基調報告というのも意味不明だが、夢だから仕方ないな、とか思っている。
ちょうど降壇しようとしていた講師は、ビル・ゲイツだった。
紛れもなくビル・ゲイツなのだが、彼が糖尿病の講義などするはずない、と冷静な判断を下した私は、彼を「ニセモノ」と決めつけた。
降りて来て私とすれ違ったビル・ゲイツをよく見ると、ニセモノである証拠が確かにあったのだが、それが何なのかはヒミツなのである。
……いつにもましてよく分らない夢である。
夢語りが本人に狂気を呼ぶというのも一種の都市伝説じゃないかと思うんだが、どういう脈絡でそんな夢を見たのか、自分でも説明しきれないからなあ。
単純に「もう入院はいやだ」と思ってるだけかもしれないけど、かといってどうして講師がビル・ゲイツでなけりゃならんのかって説明にはならんし。
夢分析を今一つ信用する気になれないのは、それが一応のココロの分析はできても、必ずしも正解とは限らない、という不透明性があるせいだろう。
結局、「人の心は闇」というところに落ちついてしまう。
なのに、テレビとかに出ている精神分析学者がたいてい自信たっぷりに「この夢はこういう意味」と断定している。その明瞭さがかえって胡散臭い。
あれも一種の宗教ではないのか?
今日こそは本屋で『マニア蔵』を見つけようと思っていたのに、しげ、また迎えに来ていない。電話を入れると、「気分悪いから、一人で帰ってきて」と言う。
「そうなるから、昨日、一昨日のうちに行きたいって言ったんじゃないか。もう二日も待ってやったんだから来い」。
怒って迎えに来させるが、やっぱりしげは、謝らない。
博多駅の紀伊國屋と、福家書店を回る。
紀伊國屋にはナビがあるので、『唐沢商会』で検索してみたが、もう入荷はしていたらしい。
けれど、既に「品切れ」のマークが。
何冊入れたかは分らないけど、ともかくもう売り切れちゃったのだ。
キャナルシティの福家書店も、オタク系のコーナーはフタ棚もあるのに、1冊もない。ちょうど平積みのあたりが何ヶ所か空いているので、ついさっきまでそこに置いてあった可能性は大。
えいくそ、昨日のうちに来れていれば、としげへの怒りがフツフツと湧き上がってくるが、腹を立ててまた拗ねられるのも面倒臭いのでグッと我慢する。
ああ、胃に悪い。
夕食はマクドナルドでてりタマバーガーセット。
なんだかもう、食事作る気ないんだよなあ。
『ヒカ碁』録画仕掛けただけで見ず。なんか疲れているのだ。
横溝正史『金田一耕助の新冒険』(光文社文庫・700円)。
三十年、ファンであり続けた金田一耕助シリーズ、読めるのはこれがもう最後になっちゃうのか……。
タイトルに「新」なんて付けるなよう。これで終わりなんだから(エラリー・クイーンの顰に倣ったってのはわかるんだけど)。
長編化される前の原型作品ではあるけれど、『帰還』と同様、荒削りではあっても、横溝正史のエッセンスはギッシリと詰まっている。作品によっては、長編よりもはっきりと金田一耕助の個性が描かれていると言っていいかもしれない。
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03月06日(水)
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