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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■愛のタコ焼き情話/『八戒の大冒険 2002REMIX』(唐沢なをき)/『ダルタニャンの生涯』(佐藤賢一)ほか
マンガ、唐沢なをき『八戒の大冒険 2002REMIX』(エンターブレイン/ビームコミックス・756円)。
えっ、『八戒の大冒険』、初版は1988年?!
そんなに経つのか本当に。
つーか、『少年キャプテン』掲載時から読んでるから、1987年から数えてもう15年じゃん。……何となく唐沢さんってまだ新人のような印象あったけど、冗談じゃない、ベテランもベテラン、ひと昔前なら老境に入っててもおかしくない年だったんだなあ。
ギャグではなく、本当にギャグマンガ家の命脈は持って十年なんて言われてたんだよ。往年のギャグマンガ家で、今も活躍中って人がどれだけいるか。
だから、このデビュー作の傑作群を読みながらも、正直なところ「ああ、この唐沢なをきって人、こんなに才能を浪費してたら、3年でつぶれちゃうだろうなあ」なんて思ってたのだ(逆を言えばそれだけ面白かったってことになる)。
私自身は、表題作の『八戒の大冒険』が雑誌に載ったときの反響、結構大きかったと記憶してる。なんたって、三蔵法師のお供が3人とも八戒なんて、誰が思い付くか(^o^)。私はもう、雑誌を何度も読み返し、それでもまだ、げらげら笑っていたのだ。なのに、とりさんの解説によれば、「読者ウケも編集ウケも悪いとなをき氏自身がこぼしていた」とか。今の唐沢さんの隆盛を考えると、なんだか信じられない話である。
とり・みきさんや唐沢さんは「理系ギャグ」なんて評されることが多いが、文型も理系もない、理詰めでこの素っ頓狂な発想が出るものではないことは見当がつきそうなもんだ。今回のREMIX版、前半は旧版からのセレクションなのだが(傑作『忍法十番勝負』は残念ながら「カスミ伝」の第1話にあたるので今回はカット)、毎回毎回、設定を変えてよくこれだけのギャグを実験できたものだと今読み返しても感心する。
赤塚不二夫が実験性を持ち出したのは『天才バカボン』の後期だったし(『おそ松くん』のころはシチュエーションコメディを描いていたのであって、純粋なギャグマンガではない)、他の作家も、実験性を帯びたマンガを描けば描くほどウケが悪く、消えていく運命にあった。
だから「唐沢なをき、3年持つかなあ」と当時危惧したのは多分私だけではあるまい。ウケが悪いからではなくて、こんな濃いギャグを続けていたら身が持つまい、という心配ゆえにである。なにしろ、作品によっては、「これを面白がる感性が果たして読者の側にどれだけ用意されているのか」と心配したくなるようなモノまで混じっているのだから。……「解剖図人間」って、やっぱり「改造人間」のシャレから思いついたのかなあ。こんなのなんか、「どうして解剖図の人間が存在するのか」なんて疑問を抱いたら、笑うことすら不可能だろう。理詰めで考えて笑えるギャグではないのだ。
その意味で、後半の単行本初収録の短編群、これと前半の作品を比較してみるのも面白い。そこには「なぜ唐沢なをきはギャグマンガ家であるにもかかわらず生き残ったのか」という疑問の答えが提示されていると思われるからである。
『うずまきくん』はタイトルだけを見ると『うずまき』のパロディのようだが、実際には唐沢さんの自画像を自らパロディにしたものである。
絵を文章で説明するのはすんごく難しいのだが(^_^;)、唐沢さんはトマトのような輪郭に、うずまき目と小さなメガネを描いて自画像としている。鼻や口は省略。このデフォルメと省略を記号として受け入れることは、マンガを読みなれている人間にとっては別段、難しいことではない。
ところが、世の中、そんなマンガ読みばかりではない。これは実話だそうだが、あのメガネを鼻の穴だと思ってたり、口をイーッてしてる形だと思ってたというファンがいたそうなのだ。
……これ、トポロジーっつーか、「騙し絵」の応用なんだよね。ある線や面の集合体が、人によっては別のものに見えることがあるってアレ。「これ、何に見える?」と言われて、二つのものに見えて面白がった経験は誰にでもあるだろう。「女の人の後姿かお婆さんの顔か」とか。それの応用ギャグをどれだけ提示できるかってのを「うずまきくん」では実験しているのだ。
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03月04日(月)
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