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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■くまくまくまっ/アニメ『エイトマン』第1話「エイトマン登場」/『すべてがFになる』(森博嗣原作・浅田寅ヲ)ほか
さてさて、まあとりあえずは“めでたい”ことから。
宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が、第52回ベルリン国際映画祭の最高賞の金熊賞に、イギリスとアイルランドの合作でポール・グリーングラス監督の「血の日曜日」と並んで選ばれた。
センパイが作ってるアニメであるにもかかわらず、『千と千尋』を私は貶しまくっている(^^)。だってさぁ、実際、過去の作品(『ナウシカ』以前ね)よりつまんないんだから、しゃーないじゃん。
もっとも、映画祭の都都逸だか洋喇叭だかの審査員たちが、宮崎アニメに触れたのはこれが初めてかもしれないし、ショック受けたのもわからんわけでもない。審査員長はインドの人だっていうから、宗教的な偏見がなかったのも幸いしたんだろう。
もちろん、この受賞に不服な人たちも、世界には多いと思う。
『ハリー・ポッター』と同じように、「あのような原始的アニミズムを礼賛するような反キリスト教的映画は云々」とかなんとか、バカガイジンが喚き出すんだろうってことも見当つくし。
誉めるにしろ貶すにしろ、文化的背景を何も知らずにガイジンさんはモノを言うから、今回の受賞だって、そんなに素直に喜べるものじゃないんだよねえ。
けど更に予測がつくのは、日本のジャーナリストやヒョーロンカ連中が大慌てで、かつて『千と千尋』を貶してた人が誉め直したり、逆にあくまで頑強に否定したりとか、醜態をさらすだろうってことだ。
ちょうど、黒澤明の『羅生門』をその年の5位に留めた『キネマ旬報』の評論家連中が、同作がベネチア映画祭金獅子賞を取った直後から、掌を返したように
誉めそやし始めたように。
他人の批評とか、賞を取ったとか、そんなこととは関係なく映画を見ることができる評論家ってホントに少ない。気がついたらそういう「権威」に振りまわされてたってことが、アタマよさげなヒョーロンカほどあるんだよな。
当たり前の話だが、どんな映画にだって、いいとこ悪いとこ、両方ある。
視点を変えてみれば、いいものを悪く、悪いものをよく評価することだってできる。
だから、批評をする際に絶対に考えておかなければならないことは、自分が、あるいは他人が、それぞれどういう文化的フィールドに立ってモノを言っているのか、それを明確にする必要があるってことだ。でなけりゃそれはただの「感想文」にしかならない。
「批評」とか「評論」ってのは、実は単体で成立するものじゃなくて、他人との間で交わされる弁証法なんである。だって、批評って、その批評するための対象となるべき概念がなきゃ成立しえないんだし、その時点で「対象=他者との接点」は生まれてるわけよ。そんなこともわからないエセ評論家がどれだけ多いことか。
宮崎さんがそういうエセ評論家を相手にするはずもないから、たいていは犬の遠吠え程度にしか聞かれないだろうし、そんなヒョーロンモドキは泡沫のように消えていくだろう。
本当に消しちゃならないのは、「『千と千尋』が賞を取った」なんて、ただのお題目じゃなく、ある映画が人に見られ、語り継がれ、また人に見られて行く、その「中味」であり、そういう過程をたどる「歴史」なんである。
さあ、せっかくベルリンがきっかけを作ってくれたのだ。
まだ食わず嫌いで『千と千尋』を見に行っていないやつ、誉めるも貶すも君の自由だ。今から映画館に走れ。
しげ、お前のことだよ。
頭痛が激しい。
しげが「不潔にしてるからやん。風呂に入って歯磨いて髪洗ったら治るよ」というのでそのとおりにしたらますます痛くなった。
しかたがなく寝たら、そのまま五時間、くたばったまま。
寝る時間が不規則になって、またまた体調不良に。
夜、しっかり寝たいことは寝たいんだけど、夜ほどやりたいことが増えるんだよね、ホントにどうしたらいいんでしょ。
CSファミリー劇場『エイトマン』第1話「エイトマン登場」。
平井和正・桑田次郎の原作は『8マン』だがアニメは『エイトマン』。周知のことだが若い人のために老婆心です。
放映期間が昭和38年11月7日から39年12月24日ってことは、私ゃ0歳から1歳だよ。
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02月18日(月)
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