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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■どこまで行くのかな、クラリス……天神まで行きました(-_-;)/DVD『STACY』ほか
オタアミ当日まであと28日! 28日しかないのだ!
先週は法事だったし、先々週は休日出勤だったし、残業は多いし、ようやく休みが来たなあ、という感じの連休。
ともかく更新の遅れてる日記をメモに基づいて、やっさ(←博多弁)書いてるわけだけれど、一日二日経つともう記憶が曖昧で、特にメシに何を食ったかというのはきれいサッパリ忘れている。
これを書いてるのは日曜の夜なのだが、昨日の今日だぞ、いくらボケるにしても早過ぎやしないかと、一生懸命、脳を攪拌して、そうだそうだ、昨日はロールキャベツを作ったんだったとやっと思い出した。
最近、炊飯器の調子が悪くて、磨ぎがあまく、3合以上炊くと、苦くて食えなくなっちまうのだ。
そのことはしげにもちゃんと言っといたのに、私に輪をかけて記憶力がない(多分こいつの脳に海馬はなくて、海牛か海豚か海ミドリムシか海コノドントがあるのだ)しげが4合も炊いたものだから、くさいメシが釜一杯にあふれてしまっている。
これをどう処理したらいいものやらと、ともかく「おじや」にでもするしかないと、とんこつとコンソメスープをベースにポン酢で味を整えて、ロールキャベツを茹でてメシにぶっ掛けて食ったわけである。
あ、意外と美味い(^^*)。
なのにしげは一口も食べようともしない。
自分の失敗のあと始末もできないんだから、心底、性根が腐っているのである。
最近、買うばかりで全然見れていないDVDを、少しでも消化しようと、待望の(^^)『STACY』を見る。
原作のオーケン、特別出演した上にメイキング映像でコメントしてるが、これが大笑い。
「まあ、十年くらいあとでカルト映画として評価してもらえたら嬉しいかな」
絶対ヒットしないってちゃんとわかってるじゃないの(^^)。
ううむ、しかしこれだけどう評価したらいいか迷っちゃう映画もないなあ。それは別に加藤夏季が出ているから貶したくないというばかりではなく(^_^;)、完成度とか、全体的にはクソ映画と言ったっていいのだけれど、捨て難いところが結構あるんだよねえ。
ステーシーのメイクや撮り方がチープだとか、いらない登場人物が多過ぎて整理されてないとか、筒井康隆と内田春菊の演技の下手さ加減はなんなんだとか、それは突っ込んでいいものなのやら。
15歳から17歳の少女たちが突然ゾンビ(ステーシー)化していくのはなぜか、なんて理由を描写したって仕方がないということはわかる。それはただの象徴に過ぎないから。これは「美少女アニメ」だの「特撮」だの、その年頃の少女たちに幻想を抱き、救いを求めなければ心が癒されないでいる哀れなオタクたちへの痛烈な皮肉であるし、愛でもあるのだ。
まあ、わかりやすく言えばステーシーたちは巨大アヤナミなわけですよ。包まれたいし食われたいと言う(^^)。実際、累々と横たわる死体の中に少女が白く浮かび上がるっていう劇場版『エヴァ』みたいなシーンもちゃんとあるし。
でもだからこそ、この映画はもっとリリカルに描けたはずだと思うのだ。別にスプラッタ描写を抑えろと言いたいのではない。ゲチョゲチョ、グログロ、ヌトヌトだってそれを美しく感じさせる演出ってのはあるのだ。と言うか、そのグッチョングッチョンを美しく見せられないで何が映画か。映画の才能が監督にない、それが一番の問題点だ。
だいたい、これはハイビジョンには向かない題材だよ。
なぜフィルムで撮らなかったんだよ。これは絶対に「なつかしい」映画にしなければならないと言うのに(かと言って大林宣彦に撮らせると『いつか見たドラキュラ』になっちゃうけどな)。
尾美としのりや蛍雪次朗が随所でいい演技してるだけに、もっと面白い映画にできたはずだと、もったいなくてもったいなくて。
何より、腹が立つのは、主演、加藤夏季ぃぃぃぃ?
ゲストやん!
登場シーン、多分筒井康隆より少ないぞ!
それは加藤夏季がこの物語を影で牽引する「天使」みたいな役だからしようがないとして、カメラ、もっとカットを割らんかい! 漫然と撮るだけじゃこの少女の神秘性は描けないぞ!
この少女には現実感を感じさせてはならんのだ。
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10月27日(土)
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