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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■リアル・ホームズ/『トンデモ本の世界R』(と学会)/『けだものカンパニー』3巻(唐沢なをき)
オタアミ当日まであと60日!
昨日、日記の「荒らし」について書いたことの続き。
なぜ「荒らし」がこうも横行するのかって考えたんだが、やっぱり人気のある日記って、女性の方が書いたものが多いからではないかな。
今から書くことは、女性にとってはちょっと申し訳ない表現になっちゃうかもしれないけれど、話を進めるために我慢して読んでもらいたい。
まず、女性の書くサイトの方がなぜ人気があるのか、ということから。
これはもう、ネタが圧倒的に「恋愛」沙汰だったりしてる点にあるからではないか、と思うわけだ。
もちろん、日々の出来事が全て恋愛がらみであるはずがない。
けれど、別に作家でもアイドルでもないごく一般の人の日記になぜ人気が出るかと言うと、これはもうその中身の「ドラマ性」にあることは明白なのであってね。で、男性と女性では、日常をドラマチックに虚飾する能力が圧倒的に違っているのだ(もちろん、女性の方が「上」)。
ミもフタもないことを言っちゃえば、「なんでもない日常のことがらを、むりやりドラマに仕立て上げる能力に長けている」と言ったほうがいいかな?
解りやすい例をいくつか言えば、女性はみんな清少納言よろしく、「春って曙よ!」って言っちゃえる存在なのである。男はああいう「それがどうした」的なことはそうそう言えないんだよねえ。
あるいは、『赤毛のアン』。「私、あの湖を『きらめきの湖』って呼ぶことにするわ!」……呼べよ、勝手にって男なら思うところだな。マシューも多分そうだったであろう。
女性の恋の対象は、実は「男」だけではない。もともと日常の様々なものに「恋」をしているのが女なのである。(「恋は女の本質」って言ってたのだけだったっけ?)。
「読み手」がワクワクするためには、まず「書き手」の方もワクワクしてなきゃならない。人気のある日記を読んでいて思うのは、やっぱり「みんなワクワクしてるなあ」ってことなのだ。たとえ、それが、「つらい恋」であっても。
で、「荒らし」が起きる理由も、その内容の如何に関わらず、「ドラマ性」の訴える力によるものだろう、と断言できるのだ。
もし、清少納言がただ単に「春はいいわね〜」程度のことしか書いてなかったら、彼女に対して紫式部が、「なに様のつもり!?」なんて噛みついたりすることも、ありえなかったであろう。
「春」を全て「曙」に限定して象徴する視点、それまでの誰にもできなかった見方でありながら、普遍性を持ちえた見方、「特殊を普遍化する」ということは、「少数派が多数派に受け入れられる」ということでもある。
つまりね、これって、「つまらないやつ」と差別されてた人間がみんなに認められるようになったってことと同じ図式なんだね。
これは、同じように「つまらない」人間の「嫉妬」を引き出すには充分の要素となるのよ。
おわかりだろうか? ややこしい書き方をしちゃったが、「荒らし」を起こす人間の心理って、「自分と同じか、それ以下のレベルだと思ってた人間が、他人に認められるなんて羨ましい妬ましい」ってジェラシーなのだね。
男がよく「女のクセに生意気だ」って思うのもこの心理。あれは「男の嫉妬」なのですよ、女性諸君。
荒らされたとき、男と女とでは反応が明らかに違う。まずそのことを「荒らされてる」人は充分に認識する必要があるのではないか。
同じように腹を立てたり、悲しんだりしているように見えはするけれど、相手のサディズムにより訴えかけちゃうのは、やっぱり女性の方なんだね。それだけ「ドラマチック」に反応しちゃうから。
意識的にか無意識的にか、そこで女性はまたしても自分を「特殊化」してしまう。「ウチは日本一不幸な少女や」って反応だわな。
だから「荒らし」は喜ぶのよ。自分の挑発に乗ってくれるんだから。
不思議なもんでねー、日記なんかで一切触れずに「荒らし」を問答無用で削除するってこと、女性はなぜかできないんだよねー。
必ず日記の中で「どうして私がこんな目に」って書くのよ。
……書かずに消せや。たとえ何十回、何百回と「荒らし」が続こうが、冷静に対処してひたすら消す。
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09月25日(火)
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