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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■憎まれっ子世に……/『RED SHADOW 赤影』(加倉井ミサイル)ほか
 昨9日、映画監督、相米慎二氏、肺ガンで死去。56歳。
 早過ぎる死、というのはその通りなのだが、全然惜しいと思わない監督なので、もっとたくさん映画を撮ってほしかった、という気持ちは全く湧いて来ない。

 80年代の映画シーンの中で、相米監督が中心的な位置にいたことは事実だ。
 今はなきディレクターズ・カンパニーの旗手、というイメージはあったし、実際、ヒット作も結構飛ばし、作品評価も高かった。
 遺作は今年の『風花』。
 見てはいないが、「ああ、ディレカン解散後も、まだ映画撮ってるんだなあ」とは思っていた。
 ……でも、ディレカン後の「ソウマイ」の名は、私の記憶に殆ど影を落としていないのである。
 いや、ディレカン以前だって、相米慎二の映画は、私にとって「ムナクソ悪い」映画でしかなかった。
 役者に対して監督が愛情を持っていないことがありありと見えていたからだ。

 相米映画を語るとき、必ず触れられていたのは、その「長回し」と「ロング」をを多用した(というかアップをとことん嫌った)映像作りである。
 「長回しをすると、役者も緊張するし、その空気はロングじゃないと捉えられない」みたいなことを評論家や監督自身も口にしていたように思う。……でもねえ、それって、「役者が緊張感のある演技をアップで表現できないから」って言ってるのと同じなんだよ。
 アイドル映画ばかりを作らされてた鬱憤を晴らしてたつもりかもしれないが、あの監督にはアイドルをアイドルとして撮ろうとする気持ちが全くなかった。
 だからこそ、できあがった映画は、確かに他のアイドル映画とは「毛色の違った」「ヘンな」ものになっていた。
 けれど、その曰く言い難いへんてこさを、うまく批評できないために、ついみんな、「あれは傑作だ」なんて勘違いして誉めそやしてはいなかったか。
 別に難しく考えるコトはない。
 監督は手を抜いていただけである。……実際に映画撮ってみた経験があればわかるけどさ、長回しは楽だよ〜、編集が。ロングにするのだって、長回しのときにはカメラを引かないと状況が判らないからそうするだけなんだって。
 必然的に、登場人物たちはただの「点景」になってしまうのだ。

 相米ファンに聞いてみたいんだけどさ、『翔んだカップル』や『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子、本当に魅力的に撮られていたか?
 『台風クラブ』、女生徒たちをみんな十把ひと絡げに撮っといて、本当に10代の抑圧された心を描けていたといえるか?(せっかくの渕崎ゆり子の下着姿がコマネズミみたいな映像でしか拝めないんだぜ。あああ、姫宮アンシーのセミヌードがああああ。……ごめん)
 『ションベンライダー』なんて、タイトルからして「なんでこんなションベン臭いガキどもの映画撮らされなきゃなんねえんだ」って監督の悪態が聞こえてこなかったか? 河合美智子、あれに出てなけりゃ、もっと早くにブレイクできてたかもしれないぞ。
 『ションベンライダー』は、それを見た押井守に「映画は好き勝手やっちゃっていいんだ」と思わせたという点で、素晴らしい遺産を残したと言えるが、映画自体はまさしくデタラメな、ただの「一人よがり」の映画である。……確かにあれ見たあとなら、「どんなデタラメな映画を作ったって傑作」っていう気になれるよなあ。
 ……はっきり言うが、どんなに下手な役者でも、役者をバカにしている監督を私は映画監督として評価しない。
 相米はクズだ。

 この時期の監督たち、実は相米ほどじゃないにしても、結構ロングと長回しを多用してるんだよね。根岸吉太郎、井筒和幸、大森一樹、森田芳光。……みんなおもに角川系でアイドル映画撮ってるけどさ、見る者を「萌え」させる映画はただの一本も撮ってない。
 ……映画として出来がどうこう言う以前によ、アイドルを撮らなきゃなんねえんだよ、アイドル映画はさ。
 どんなに内容がクサかろうと、どんなにヒヒオヤジのロリコン趣味が満一していようと、この時期にアイドル映画を撮れていたのは、大林宣彦しかいなかったのだ。『時をかける少女』はむちゃくちゃバカ映画だったが、それでも私は今でも言えるぞ、「原田知世はいい!」と。

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09月10日(月)
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