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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■少しまじめな話/『コミックバンチ』創刊号ほか
 朝から突然、頭にキリで刺したような激痛が。
 場所はどうやら右目の奥のような耳の奥のようなあたりなのだが、咳をしたり、頭を振ったり、天頂あたりを掻いたり、歯噛みしたりすると、ビビッとくる。
 原因がよく分らないが、昨日耳かきをした時にどこかから血でも出したのだろうか。でももう一度耳掻きしてみても何も出て来ないのである。
 なんだか怖いなあ、脳溢血の兆候かなあ、お袋もばあちゃんもそれで死んでるもんなあ、とちょっと恐怖。しげがしきりに「医者に行け」と言うが、脳溢血は医者で治る病気ではない。倒れて何時間の治療が勝負で、助かるかどうかはほとんど運である。しげのやつ、私が倒れても慌てるばかりで何もできないような気もするので、多分私は助かるまい。ホントに運だよなあ。
 ただの耳の筋肉痛ならいいんだけど(そんなんあるのか)、もし私がいきなり死んだらしげのことは劇団のみんなによろしくお願いしたい。あいつは死体嫌いなので、下手をしたら私の死体をそのまま放置して、死体損壊の罪に問われかねないのである(←この辺マジね)。
 葬式は一切しなくていい。親父やその親戚がなんと言おうと、役所の手続きだけで充分だ。骨もどこの寺にも埋葬する必要はない。許可が取れれば玄海灘にでも捲いてくれりゃいいのだ。
 誰かが文句言ってきたら、この日記を見せてほしい。
 私の葬式を出そうなどという人間は、たとえそれが私の肉親であっても、私の敵である。そのことはここに明言しておく。

 私を善人だなどと思っている人間がたまにいるが冗談ではない。
 私は本気で宗教が嫌いなのだ。父親の位牌を蹴っ飛ばした織田信長に本気で共感してる人間である。こういう人間は今の社会では悪人以外の何者でもない。
 母親の葬式には付き合いで出ただけだ。
 父親にも「お父さんが死んでも葬式出す気はないよ」と言い放ってるやつである。もっともこれは姉が反対してるんでどうなるか分らんが。
 自分の死後くらい自分で決めさせてくれ。別に弔われなくてあの世に行けなくったって化けて出たりはしないからさ。

 マジメなヒトは上記のようなことを読むと怒るかな? でも、この件については、一切の文句は受け付けないのでそのつもりでね。死んだ後のことで言い合いしたってこんな不毛なこたぁない。


 作曲家、團伊玖磨氏死去。
 この春にも来福して、西公園かどこかの桜を見てったんだよなあ。たしか福岡の桜に因んだ作曲もしてたはずなんだが、聞いたことはない。
 「團琢磨のお孫さんなんだよ」、と言えば、一昔前の九州でなら、それだけで通じたものだったが、今は爺さんのことはおろか、伊玖磨氏についても若い人はほとんど知るまいなあ。
 でも実を言うと、私も伊玖磨氏については、その作曲家としての業績よりも文筆家としてのほうが印象が強いのだ(ついこの間、『パイプのけむり』についてこの日記に書いたばかりだったなあ)。
 映画音楽のフィルモグラフィーを見ていても、結構見てる映画が多いのに、音楽は頭に浮かんで来ない。
 三船敏郎主演の『宮本武蔵』三部作が伊玖磨さんだったか。「たらーららっ、たらーららっ、たらったらった、らったらった、らったらー♪」ってアレだな。これは覚えやすくてすぐに音楽が思い浮かぶのだが、大げさにカッコつけすぎであまり好きな曲ではなかった。『ぞうさん』や『やぎさんゆうびん』もメロディーラインそのものはそんなに好みではなかった。
 原作まで担当した、ハナ肇主演の『馬鹿が戦車でやってくる』をまだ見たことがない。ずいぶん親しんでたつもりだけれど、その世界観の一端にだって、まだまだ触れていなかったのかもしれないなあ。

 昨日の新聞を見返してみて、長者番付が発表されているのを見る。
 歌手や芸能人に興味はない。「その他」のところに漫画家さんが並んでるのを見ると、ほぼ全員が「アニメ化」のおかげで番付に乗っていることが分る。
 これが世間の「マンガ家になればボロ儲け」幻想を生み出してるんだろうなと思うと、あまり喜ばしいことでもない。唐沢なをきさんが「ドラえもんみたいなマンガ描きなさいよ」と親戚から言われるというのは、ホントにいい迷惑であろう。

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05月17日(木)
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