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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■鳥頭の女/『文鳥様と私』2巻(今市子)
夕べは何とか遅れていた日記を書き上げ、寝床に入ったのが午前1時。
つまりもう今日になっていたのだが、連日こんなに夜遅くまで起きていたのでは、カラダが持たない。できるだけ早く寝たいのだが、なんだかうまく寝つけない夜もあるのである。ところがそんなことを言うと、しげは私を「ウソツキ」呼ばわりするのだ。
前にも書いたことがあると思うが、しげが私につけた仇名は「3秒で寝る男」である。横になった途端ぐーすかぴーではしげが怒るのも無理はないが、これが私の生理であるからどうにもならない。
夕べもちょうどしげのバイトが休みだったこともあり、なんだったら寝ながらDVDでも一緒に見ようかと思っていたのだが、そっぽを向かれてしまった。
で、実際にその3秒後にホントに寝ちまってるってのが我ながら情けない(-_-;)。
朝風呂に入りながら、マンガ、今市子『文鳥様と私』2巻読む。
エッセイマンガの類は実はあまり読まない。
日頃、「ありふれた日常こそ記録に残す必要がある」と主張しているのに、まさしく日常の記録を読まぬとはどういうわけかと糾弾されそうだが、実は意外とその「ありふれた日常」というやつを活写しきれてないものが多いのね。
例えば風呂に入って歯を磨くと歯茎から血が出る、いや、これは私のことなんだが、ああ、血が出たなあ、水を口に含んで排水溝に吐き捨てる、水が赤い、もう一度含んで吐き捨てる、まだ赤いなあ、もう一度含んで……。
一見退屈そうに見えるかもしれないが、そうではない。
ここでマンガ家さんが十人いたとして、私と同じ経験をしていたとすると、十人が十人とも「慌てて見せる」のである。すわ、歯槽膿漏か、このトシで歯が抜けやしないか、口臭は大丈夫か、などなど。マンガを面白く見せようとするのは構わないが、演出過剰なのである。しかもみな同じような表現になっているのは、結局はありふれたものをありふれたものとして描けない、技術の未熟さを露呈しているのだ。
今さんのマンガは『百鬼夜行抄』を初めとしてみな好きなのだが、この『文鳥』だけは、その無意味な過剰さが気になった。と言っても、つまらないとはっきり言いきれるほどではないところが微妙なのである。
まあねー、飼ってる文鳥がホモらしいと解ったからって「この家の文鳥は腐っている」とまで言うことはない。
朝の体重、85.8キロ。微妙に減ったけど、さて少しずつでも落ちて行くのか?
雑誌『言語』6月号、特集は「話し言葉のスタイル」。
ゲストが第三舞台の鴻上尚史。『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』と言う本を出版した関係での『言語』登場、ということらしいが、あちゃちゃ、そんな本出してるとは気がつかなんだ。近々、買いにいかねばな。
「話す時に大切なのは内容よりも語り方」というのは当たり前のことなんだけど、それをスタニスラフスキー・システムに絡めて説明してるあたりが、鴻上さんの語り方のうまさである。でもこれ、その「語り方」のセオリーが読めてしまったら、「中身がないことがバレてしまう」という、言ってみれば諸刃の剣なんだけどな。
もちろん一番いいのは「内容があって、しかも語り方もうまい」であるのに決まっているのだ。知識がなければ語り方を思いつくこともないし。
帰宅してジャージに着替えて、しげと一緒に買い物がてらのジョギング。
こうして日記に書いていると、そうそうサボるわけにもいかないから、三日坊主にならずにすむのはいいことかも。けど、それだけの効果が現われないのはちょっとツライ。
しげが「アンタ、だんだん太ってきてない?」とオソロシイことを言う。毎日結構汗をかいているというのに痩せないとなれば、肉や脂肪が骨にしがみついて取れなくなってんじゃないかって気さえしてくる。これはもう、ボクサー並のトレーニングをせねばダイエットは無理ということなのか。
でも即断は避けねばならない。とりあえず一週間ほどは様子を見よう。
体が鈍っているので、軽く走っただけでも息が切れる。
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05月16日(水)
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